海の日の連休。

7月13日土曜日は小さな学会があるので、自分自身のために参加しようと思っていた。しかし、お産と帝王切開の予定が入り、不可となった。仕方がないので、夜はこっそり自宅でワインを飲んでいた。

7月14日日曜日、この日は昨日いけなかった個人的趣味のために、街中にと思っていた。でも、前日から入院されていた方が、分娩に進行せず、午後に帝王切開となった。なので、この日もあきらめた。

7月15日月曜日、この日は海の日?。朝何もないと思っていたら、陣痛発来でおひとり様入院。どうかな、と思っていたら、午後にようやく生まれた。よし、今日こそは、とクリーニング屋やさんにいって、カメラ屋さんに行って、まず念願を果たす(冬物のクリーニングと、壊れたカメラの修理依頼)。さてそれからできれば、バラの見学に農業公園に行きたかった(フェンス沿いにバラの剪定の仕方を学びたいと思っている)。しかし、陣痛発来で新たな入院があったので、クリニックに戻る。

で、様子を見ていると、次第に不穏な雰囲気があり、結果としてその日の夜に帝王切開となる。ということで、連休であったが、結果としてクリニックに尾籠で、毎日帝王切開をさせていただいた。おかげさまで、九州厚生局への定例報告と、熊本県ナースバンクへの報告書が出来上がった。ありがたい事である。懸案二つから解放された。

次は、レセプトの返戻の問題と。これも頭の痛い問題であるが・・・。今週末には、懸案から解放されたいな、と。

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こちらも、開業当初の写真から。当院の分娩室である。まだ分娩台のマットもきれいだし、壁の突板も傷はない。分娩台上のテレビはプラズマテレビで、これは数年前に液晶テレビに置き換えた。

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開業当初の洋室の写真である。照明がLEDに代わり、すこし照明数が増えた(暗いとの声があり)。カーテンの素材が変わり、床のカーペットが変わった。

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こちらは和室。こちらも照明とカーテンが変わった。床は畳カーペットと呼ばれる素材で、まだそのままである。

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開業当初の待合室である。椅子が今よりすくないのですっきりしている。そしてこの画面左側の大理石の壁は、熊本地震後に金属製のボードに変わった。そしてこれは、たぶん松山先生の意向に従えなかったのであるが、現在天井には空調機の吹き出し部位がある。そのため天井はこのようにすっきりしていない。

開業当初と比べれば、やはり変わったな、と。変わらざるを得ないものもあった。物がない、あるいはつかっていて支障が出る、などの理由で。かわらなくてもいいものは変えたくはなかった。でも、やはり年月が経てば、変化が生じる。その変化が経年変化で良い物であれば、そのまま時の流れに、ということになるけれど、なかなかそううまくはいかない。





建物に限らず、すべてのものは完成した時から、崩壊が始まる。永遠に完成した時のまま状態を保持できるはずはないし、永遠に同じ形であり続けることこそ、逆に不思議である。経年変化は当然であって、経年変化のないものの方が逆に不思議である。これは人でも、物でも、おなじことであると私は思っている。

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とはいえ、当院にとって、建物が最大の看板であるので、その看板たる建物の変化は、ご利用頂く皆様にとって、好ましい変化であると受け取ってもらえればいいけれど、ぼろくなった、あるいは安全性がかんじられなくなった、と受け取られたら困るな、と。

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建物が10年を経過したころには最初の補修が必要かな、と思っていた。そうした10年の前に熊本地震があって、まずそれで建物の外観の大掛かりな補修を行った。十分な補修を行った、これであと10年は大丈夫と思っていたら、不十分であった。建物はよくても、それに付属していた各施設・機械自体の長時間使用に伴う変化や劣化のために、交換補修が必要となり、ここ2年ほどそうした機器の更新・補修に追われている。これで終わりかな、と思っているが、でもまだ探せばいろいろとありそうである。

ある意味ではウィメンズクリニック グリーンヒルという施設も生き物であり、長く健康に生きていくためにはそれなりのメンテナンスが必要であり、それを怠れば、何かが起こる、と。人の体と同じことである。

と考えれば、やはり建物は出来上がったときが一番きれいである。その一番きれいな時を狙って、当院の完成写真が撮影された。スタジオブリッツの石井様に撮影頂いた(厳密に行けば、設計事務所からの依頼で撮影となった)。

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なぜきれいに仕上がったか、といえば、それはプロの人がきれいに撮ったというのが一番の理由であるが、じつは建物を利用する前に撮影したというのも大きな要因である。クリニックを利用を始めれば、少しづつものが増えていく。国や県や医師会から、掲示用のポスターが届いたり、患者様説明用の何かが必要となったり、と。そうなると所せましに物が増えていって、いつのまにやら物に囲まれると、最初のすっきりした姿からは程遠くなる。

クリニックにお越しになる方々の目の届く範囲は、できるだけすっきりさせることを心がけているけれど、やはり物が増えてしまう。そうなると、最初の出来上がったころのイメージには及ばない。

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今回の写真は、すべて石井様の作品である。開業後にいただいた。実はこの写真の撮影はたぶん5月になるとおもうけれど、この当時は南側の国体通りに面した吹き抜けの部分には、白いカーテンはなかった。本来は最初の設計ではカーテンを付ける構想であった。しかし、開業当初の予算削減で点が削られた。でも、出来上がったら、このGW期間中の好天で、子の吹き抜け部分の温度管理が難しく、やはりカーテン設置をお願いして、後付けで作った。

なので、撮影当時はカーテンはなかった。なので、写真撮影の時点では、中身丸見えの状態となった。

これらの写真ができたときからいろいろなことがあったので(LED電球変更、熊本地震の補修、植栽の変化、カーテンの交換、家具の補修あるいは交換)、これと同じ姿を現況ではお見せすることはもうできない。

補足
クリニック西側の白壁の上にある、women's clinic GREENHILL の文字は、開業当初はそのバックに蛍光?を配置していた。熊本地震後の補修の際に、そのバックのライトをすべてLEDに置き換えた。なので、この文字の夜間の光り方が以前に比べれば、あきらかに明るくなったはずである。

観光でどちらかを訪れれば、それは観光が目的であり、楽しく過ごす仲間と一緒の瞬間ということになる。友人とどこかで待ち合わせをして酒を飲むとしても、やはりそれは楽しいひと時を気心の知れた仲間と過ごすことが目的である。

学会や講演会に行くことは、そこで少なくとも研鑚を積むことであり、そこで何かを得ないことには参加した意義そのものがない。

しかし、開業を意識していたころ(福岡あるいは熊本で)はあちこちに行くときには、つねに何か気になることがあれば、メモを取り、写真を撮っていた。その主たるものが、施設見学であった。片っ端から写真にとって、あとで、参考に、と。当時(2005年ごろ)はまだフィルムカメラとデジタルカメラの移行時期なので、データーの保存がネガからメモリーへと移行しつつあった。なので、それ以前の写真はすべてネガであり、そのネガをスキャンして取り込むことは結構面倒な作業なので、諦めた。なので、現在手元にある写真データーは、ほとんどが当時のNIKONで撮影したもの、ということになる。

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愛宕方面から百道方面を望む

2005年当時は福岡市の藤崎というところに住んでいた。室見川がちかくにあって、毎年春先にはシラウオ漁で小屋が建っていた。当時は週に何回か早朝に走って、それから勤務という生活をしていたような気がする。室見川の堤防沿いがお気に入りのコースであった。のちには古賀の海岸線がお気に入りのコースになったが。

藤崎から西新のクリニックまで自転車か歩いて通っていた。時には回り道も。その際にとあるクリニックの看板を見かけて、いいなと思った。とぼけた人の顔のように私には見える。ご存知の方もいらっしゃるであろう。私が福岡で一番惹かれた印章である。

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こちらのクリニックも印象的であった。わかりやすいよな、と。

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百道界隈の高額そうな自宅や建物も当然魅力的ではあったが、私自身はこうしたデザインがおもしろいな、と。そしてそれならば、私なりの好みのデザインにしたいな、という思いが深まった。

で、アルモニというデザイン事務所を紹介していただき、現在のクリニックの基本印章と封筒の形と名刺の原型を1年くらいかけて作った。

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最後の最後までどちらかに決めきれず、結局メインとサブのロゴという形で二つになった。文字のフォント、色、バックの花のデザインと色にこだわったものである。2006年6月が最終稿のようである。

封筒も、白と緑と薄桃色の3色とした。名刺の基本形も同様である。担当していただいたアルモニの小林様には今でも深く感謝申し上げている。


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