4月になり、最初の週末。とはいえ、私自身のやることは何らいつもと変わりがないような・・・・。


木曜、金曜とお越しになる方が少なかったせいか、土曜日は過去最高の繁盛ぶりであった。3月までは、旧年度で子宮頸がん検査の駆けこみ需要があったが、4月からはそれはない。流行り病のため、不要不急の外出は控えよう、ということで、妊婦健診中心となる。時に、緊急避妊であったり、おなかが痛い、とか思い切って受診した、という方々が混じることになるけれど・・・。

私自身は、基本的に行列嫌い、待つのが嫌いという人柄で、おまけにこの流行り病のため各種参加すべき集会や学会が中止になったので、夜で歩く必要もない。

仕事は、確か日曜祭日関係ないけれど、ここにいて、お産を担当することなので、基本的に待機の仕事である。月初めなので、レセプト業務をして、スタッフの勤怠を確認して、と仕事はいっぱい。でも仕事だけではちょっと飽きるので、息抜きをということで、園芸作業。

なので、私自身としては、いつもと変りない週末である。夜も出あることなく、趣味の調理で過ごす、と。チキンカツ、ラタトゥイユ、里芋の煮つけ、ナス煮びたし、チキンの照り焼き、親子丼の具材と終わると台所は汚れものだらけ。後片付けも大変である。

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この2階の場所は、南向きで日当たりがいい。北風にさえぎられ、バラの苗の成長も、他の場所より早い。つぼみも大きくなってきた。

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どんなバラが咲くか、楽しみである。(ちなみにここにあるバラは、ブルー系統なので、芳香の強いものである)

なお、この場所には1本だけ椿が混じっている。また外で枯れたステンレススチールの苗を二つ取り寄せて、ここに保管していた。日曜日、枯れた場所に1本植えた。さて、これでバラの体制は整った。

フェンス沿いのバラもここ数日の天気でいい感じである。そして裏庭の芝桜とチューリップもいい感じである。

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欲を言うなら、チューリップの色を変えたかった。でも、もうこれだけあるし、今更追加するわけにもいかない。それにこれだけあると、掘り起こすのも面倒なので、今年は掘り上げずにそのままにしよう、と思っている。

問題は、シャクヤクであるが・・・。

確か数年前に、まだ戸島で植木市があっている頃、吉野桜の苗を1本購入して、クリニックの北西の角に植えた。日当たりがいいなかなと思って植えたのであるが、よく考えたら、電柱のそばであって不適切な場所であった。でもまだ小さいから、いいや、と思っていた。

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この場所は、ふきっさらしがつよく、風のため体感温度はやや低い。そのせいか、巷では桜が咲き始めていても、この場所が咲くのは少し遅い。昨日ようやくぽつりぽつり。今朝でも1-2割というところであろうか。

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で、よく見ると結構幹も太くなり、四方八方に枝を伸ばしてきた。ということは、そろそろ剪定をしないといけないな、と。

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今年の花が咲き終わったら、少し枝打ちをして、電柱の安全を確保しなくては、と。

不思議なことに、新生児の寝る姿勢はほぼ同じような形となる。上肢を万歳の姿勢で、少しひじをまげて、足はがに股で、やはり膝を曲げて、と。


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保育器の姿なので確認しずらいし、この子は今泣いているので覚醒中の姿勢であるが、大体手を曲げ
足を曲げてと。まだこの時期の新生児は寝返りは打てないので、仰向けである。生まれてすぐはほぼこの状態であるが、生まれて数日もすると、寝返りは打てなくても、この保育器中で背中と足をつかって、位置が動いている赤ちゃんはいるようである。

確か成熟児の評価のスコアとして、ドゥボビッツスコアというようなものがあったような気がして(日本語の表記はこれは正しくないかもしれない)、その際に新生児の姿勢の評価項目があり、この万歳でがに股姿勢で2点だったような・・・・。

新生児の表情として、4つがあると聞いた。泣く、笑う、ほか二つが何か忘れたけれど、気持ちよくしている、むずがっている、ということであったかもしれない。で、寝姿で見る限り、気持ちよく寝ているような気もするし、時に思い出し笑いのように笑っている新生児もいる。泣いている赤茶もいるわけで、さすがに起きているのではないかと思うが、泣き疲れてそのまま寝てしまう場合、眠りながら泣いているのかもしれない、とも思う。

新生児の泣き声は、不思議なもので、耳障りでうるさいのであるが、だからこそ人の注意を引き付ける。で、その泣き声を聞くと、うるさいこともあり早く静かにさせたい、という思いもあれば、思わず何かをせざるを得ないような気持にさせる効果もあるのかもしれない。

ただ、外来で新生児がなくと、ほかに患者様の迷惑かな、と外来では新生児の診療を優先させていただく。新生児の泣き声や、子供の遊ぶ声が聞こえる環境が、ある意味では望ましい、と実は思っている。動物泣き声、草木の奏でる音、そして子供たちの音、成人の生活に伴う音、こうした環境が自然であると思っているが、いまはすこし寂しい限りである。流行り病の速い収束を願うばかりである。




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