確か、先日熊本地方は梅雨入りした、と聞いたような気がする。とはいえ、水曜日は晴れ間が出たので、山に登ったわけであるが・・・。

クリニックの周辺は、本来は台地で畑作の地であるが、農家の方の長年の尽力で米作地帯となっている。冬場は麦であったり、ジャガイモであったりとするわけであるが、その麦や芋を収穫してそろそろ田植えの用意である。

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ということで、昨晩は遅くまで麦が収穫されていた。雨でぬれたので、乾かしてから、ということで遅くなったのであろう。

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こちらもジャガイモが収穫されていた。

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そして苗床では、このように青々と。出番を待っている。

ちなみに、最近は夜ともなると蛙の声が響いている。梅雨時か、と思わないでもないが。まこれは季節ですから仕方がない。

昨日は水曜。手術もなく、午後から空も晴れた。レセプト業務で忙しい時間であったが、夕方にお見舞いに行って、それからどうしようか、と。走ってみることにしたが、やはり右太ももの調子が悪い。半分を走ったところで、断念。でも、せっかくだから運動公園まで歩いてみた。

運動公園まで片道3.5km、久しぶりに中を歩いてみようと思ったのが大間違い。時間は午後の5時の夕暮れに差し掛かろうかという時間帯。歩いていくと遊歩道というものがある。そこに足を延ばすと、小山山(おやまやま)の展望台に至る。

小山山と、隣の神園山、そして戸島神社のある戸島山を合わせて託麻三山というらしい。中でも最も標高が高いのが、小山山らしい。そして小山山と神園山の間を鳥越峠というらしい。確か、神園山にはペット霊園があって、以前実家での愛犬の荼毘のためそこを訪れた。山の頂上まで車で登ることが可能であった。

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(左の山が神園山、右が小山山、間が鳥越峠、写真で見ると小山山はてっぺんが二峰ある。)

戸島山は、戸島神社もあることもあるが、数回訪れたこともある。せっかくだからと遊歩道に足を進める。最初はよかった。先行する人もいた。で、山の頂上に上った、と思ったので、そのまま引き返せばよかったのであるが、この山は頂上が二つあるので、ゆるやかな頂上が続く。でそのまま進み続けた。次第に遊歩道の手入れが行き届いていない雰囲気である。

さらにこの山は、ここら辺のカラスのねぐらである。夕方時あちこちからカラスが飛んでくる。ということは、山の中にねぐらがあるわけで、夕方時ともなれば、にぎやかである。頂上から少し降りると薄暗くなり、カラスの声も響く。困った・・・・・といっても今更進み続けるしかない。というこで運動公園まで3.5kgmそれからその2倍の距離を費やして、山を登り、降りて帰宅した。

小山山を出たところが、神園山と小山山のあいだで、鳥越峠という。こんなことろに峠が、と。小山山にもやはり神社があった。諏訪神社の分社である。またこの界隈には、託麻88か所めぐりというものあるらしい。帰りがけには、まだ幼い鶯のさえずりに送られながらその峠を降りた。結局2時間かかってしまった。お産がなくてよかった。

私が考える、あるいは推奨する無痛分娩の適応がある。これはあくまでも私の考える適応であり、世間一般あるいは他施設の考慮するものとは、少しことなるかもしれない、この点をまずお断りしておく。

第一の適応
痛みに弱い人。精神的にも、あるいは肉体的にも、ということである。痛みへの恐怖・不安感が強くなると、別世界に逃げ込んでしまう人がいて、そうなるとその方々を現実世界に引き戻すのが大変である。落ち着いて普段通りに行えば、どってことないことが、別世界の住人にはとんでもないことになる。大体別世界の人にはこちらかの声が届かない。

第二の適応
お産は、やはり体力勝負である。人によっては1日以上時間がかかることもある。眠れない、ご飯を食べれない、という状態が長く続くと、体力の消費が著しい。本来なら十分寝て、ご飯も食べておけば、十分に産めるはずなのに、力が弱くてお産が進まない。ということも経験する。こうした方々においては、無痛にして、まずはご飯を食べて、眠ってもらって、その間にお産がすすめばありがたい。

なお、私の考えとして、お産は血から仕事なので、食べて眠れないとダメである。そのため無痛分娩であっても食事はOKである。ただし、帝王切開を考慮したダブルセットアップの場合は不可である。

第三の適応
帝王切開の可能性のある人。これで生まれなければ帝王切開、という人においては、この無痛分娩のためのチューブが入っていれば、すぐ麻酔ができる。帝王切開しましょう、それから硬膜外麻酔しましょう、というとそこに時間が30分以上かかる。しかし既にチューブが入っていて、その効果も確認されているなら、麻酔用の薬剤を注入して15分もすれば手術ができる。

他の適応
あとはケースバイケースというところであろうか。疲労困憊してこれはとても産めそうにない、という人が無痛分娩に変えることで時に出産に至ることがある。そうした事例に出会えれば、それはそれでよかったとも思う。しかし、また無痛にしてもやはり生まれなくて、結果として帝王切開という場合もあるわけで、無痛だからすべて生まれるというわけではない。こればっかりは、お産は万人に共通な公式があるわけではない。ただ、無痛にすることで出産に至った人にとっては、それは朗報である、ということであろう。

無痛分娩に対する偏見みたいなものがあって(お産の痛みを経験しないと母親になれない)、それで本人が望んでも、家族が反対してできないという場合が残念である。決して無痛はずるをするということではないし、生むという事実においては何ら変わりはない。無痛にすることで、不必要な力みから解放され、児の状態もいい場合もある、と私は思っている。

ただしなんでもそうであるが、無痛が100%いい、というわけではない。いい場合もあれば、悪い場合もある。悪い場合への対応を考慮して十分に備えておくことが大切なことであると思っている。

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これは千両だったとおもうが、万両だったかもしれない。春の植木市で購入し、露地植えをしたら、いったん枯れた。でも4月からその根元から新しい葉っぱが伸びてきた。秋までに成長して、次の冬を超えてくれることを願う。(そのまえにせめて正月用の飾りつけとして活躍してくれればうれしい限りであるが)

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