3月9日。土曜日、今日は本来なら午後に学会参加予定であった。4月から無痛分娩に対する様々な取り組みが始まり、その一環として、無痛分娩を担当する医師の研修履歴を随時開示する必要性がある。私の場合、東京や福岡であるような学会や講習会に参加することはなかなか難しいので、熊本市内であるさまざまな研修会や講演会には可能な限り参加を心がけ、すこしでも研修をと思っている。


3月9日は、熊本産科婦人科学会の学術講演会で参加を予定していた。しかし、そこに少しづつ誤算が生じた。当日午後は、精度管理に関する講習会がある。こちらに検査技師が参加することになり、午後の外来に検査技師不在の事態となった。なので、私が超音波を担当することになった。この日は帝王切開も予定していなかった。


しかし、やはり何かが時に生じるわけで、どうもお産や帝王切開がありそうな雰囲気になってきた。ということは、やはり今日の参加は難しいかな、と。ま、これが一人医師のクリニックでお産を取り扱う施設の宿命でもある。やるべきことをきちんとする、当たり前のことである。とはいえ、時には絶対行わないといけないこともあるので、その時には代行の医師にお願いするけれど・・・・・。

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さて、こちらは おかし工房 ほまれや のベルギーワッフルである。各地の有名どころで販売されているらしい。私は基本的に糖質制限であるけれど、意思が軟弱なので、極力目の届く範囲にお菓子をおかないようにしている。

患者様から頂き物をいただくということは、感謝の気持ちの表現であるから、ありがたくいただくこととしている。食べ物であれば、美味しくいただくべきであるが、私は体重コントロールに必要性から、糖質制限が基本なので、スタッフ全員と分かち合うこととしている。

と同時に、好奇心が強いのも私の性格である。なんでも一度は挑戦を。自分で挑戦して、自分なりに評価をすることを基本としている。なので、初物でもあり、今回はいただいてしまった。ごちそうさまでした。

福岡行きの理由は、電子カルテの利用状況の確認であった。そろそろ選定のタイムリミットが迫りつつある。秋の消費税の税率アップ、そして2020年1月のウィンドウズ7のサポート停止、これが二つの壁である。(当院の電子カルテはウィンドウズ7で動いている)

当院は、開院以来電子カルテなので、診療録は基本的に電子カルテである。そして電子カルテのメーカーを変える場合、そうした診療録内容を100%移植することは難しい。こうした問題は当院に限らず、今回大きな病院(大学病院や基幹病院など)でも同じ状況であり、いったん導入した電子カルテを、他者メーカーに変更することに伴う、最大の問題はこの点であろうとおもう。データーの移植にこだわれば、高額のオプション費用と時間が発生する。

そうでなくても、電子カルテの維持にはそれなりのお金が必要で、と考えれば、最初に導入したメーカーで使い続けることが無難である。電子カルテ導入時には、群雄割拠の時代で、どこが優位かまだ分からない。なので、メーカーを各種比較して、そのなかで使いやすいメーカーを選ぶこととなる。その当時はそれでいい。

しかし、時間が経過して、その更新という問題が生じたときから少しづつ、情勢が変わる。つまりメーカーによっては、導入から数年して、そのカルテのメンテナンスに予想以上の負担がかかれば、そうした業務の一部縮小あるいは撤退を考慮するかもしれない。あるいは、より多くの人的資材を投入し、拡大路線に走るかもしれない。そうして、更新が必要な5年後、あるいは2回目の更新のころには、メーカー側の情勢がすこしづつ明らかとなってくる。

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5年後、10年後を見通すことはむずかしい。企業には企業の論理があり、当然企業としてなりたたけなければ、撤退は十分にありえることでる。実際、当院に導入した非常用電源装置に関するメーカーは、最近撤退すると連絡が当方にあり、その結果として今後の対応に変化が生じた。

電子カルテでも、いつでも同じ事態が生じうるわけで・・・・。ある日突然、この電子カルテのサポートを数年後に停止します、といわれた困る。できれば、何らかの形で他のメーカーと収束できるような結論を望むけれど、残念ながら撤退するということはこれ以上のお金をかけずに、残った金額をできるだけ回収するということなので、それは望めないことであろう。

ということで、現在電子カルテを乗り換えるかどうか、その大きな分岐点である。現行電子カルテでの延長は可能であるけれど、その場合今後継続の保証がない。またせっかく乗り換えても、その乗り換えた先の電子カルテがまた同じ憂き目にあったら、と考えないでもない。

将来の保証は難しい。結果として長くそのカルテを使い続けることができれば、幸福な未来かもしれない。でも、不幸な転帰となることもあるかもしない。

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そうならないように、あれこれ考えているけれど・・・。産科カルテで、自費診療と分娩があるということが大きな制限であることは事実である。外来だけなら、まだ自由度がたかい。メーカーは制限され、選択肢は限られている。そしてどんなに優れたソフトであっても、使われなければ意味がない。

沢山の人が使って、その結果がフィードバックされて、その結果としてまたカルテが進化する、そうした姿勢が望ましいと思う。またユーザー数が多ければ、微妙なバリエーションも存在することであろう。そこにこだわりすぎれば、余計な費用と時間がかかるけれど、それをできるだけ共用化することですこしでもコストを下げるという姿勢も大切なことである。

水曜日に伺った施設は、一つ目は1年前にオーダリングとレセコンを入れ替えた施設である。二件目は新規に開設に当たり、とある電子カルテを導入した施設である。そうした施設に伺って、苦労話や実際の使用状況を確認した。できれば、比較のために他者の電子カルテ作動状況を確認したいけれど、私の移動可能な範囲(車で1-2時間)には残念ながらそうしたカルテを使用しているクリニックがない。

そろそろタイムリミットが近づきつつある。9月末までにカルテを作動させるなら、逆算すれば5月がデッドラインである。できれば4月までには決めたいのであるが・・・。

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写真は裏庭で咲き始めたクロッカス(紫)。これからいろいろと咲いてくる。私もそろそろ初夏の楽しみに向けて種まきをしなくては。

ウィメンズクリニック グリーンヒルは2007年6月1日が公式開院日である。2006年6月が地鎮祭である。クリニックの設計図を松山先生と検討したのは、2005年ごろから1年くらいかけたような気がする。ということは2004年ごろから開業を意識して各地を見学していたような気がする。

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ま、厳密にいえば、私の場合、3回くらい開業を計画したことがあり、開業のために各地を見学に行ったわけであるから、その最初のころはたぶん1995年前後であろう。で、いったん断念して複数の施設で働き、その後開業を変則的な形で行うこととなり、そこで2000年前後に各施設を再度見学に行った。で、そうした経験をもとに、設計士の先生と検討し、開業に至った。しかし、その後その施設を離れ、福岡に移り、5年ほど住んでいた。

各施設を見学に行くことは楽しかった。その施設を作った人のいろいろなアイデアに触れるのも楽しかったし、何より素敵な施設をみることは私なりの眼福であった。思い起こせば、本当にあちこち行った。遠くは東京、岐阜、京都、大阪、松江、北九州、鹿児島、福岡、そして熊本県内各所と。福岡に住んでいた時には、自由度も高かったせいもあるが、あちこち自転車で散策した(これは単に散策であり、見学ではないけれど)。

福岡在住当時、3回転居し、2か所の施設で勤務した。福岡市の西の方に住んでいた。当時、福岡市の医師会館で各種の講習が開催されることも多く、地下鉄で博多駅にいって、そこからてくてく歩いて医師会館に向かった。みちすがら、この建物があり、いつも気になっていた。

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で、開業を意識しこともあり、施設見学をしようと思い立ち、カメラを持参してお願いしたら、OKと。写真撮影をさせていただいた。ちなみに、写真はその当時のものなので、2005年11月8日撮影であるから、今とは少し異なる。(というか、昨日当地に行ったら、木が大きく育っていた)

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当時は、ここがフロントだった。このフロントは今はない。

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各病室にこのようなベッドがあり、福岡市内でありながら、リゾートの雰囲気の漂う不思議なホテルであった。

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自分の容姿に自信がないので、とてもこのようなシャワーやふろを使う勇気はないけれど・・・。

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圧巻は屋上にジャグジーあったことである。ジャグジー側からほてるをみるとこんな感じで。

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3月6日、電子カルテの検討のために、福岡の施設を2か所見学に行った。その間に昼ご飯をということで、久しぶりにこのホテル(ウィズザスタイル)を訪れた。フロントの雰囲気は少し変わっていた。また木が大きく成長していた。10年以上前に訪れていたし・・・。

ちなみに、ここで私の一番のお気に入りは、その奥まった空間にあった寿司屋であるった。残念ながら今はなかった。この大将はどこにいったかな、と。

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