実は、クリニックの開業にあたり、この場所に中華料理屋の香味彩の存在は大きかった。残念ながら、店主の都合で店はたたまれ、内部の改装で数年前に前川珈琲になってしまったけれど・・・。

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2005年の下見に写真でもきちんと写っている。開業さかのぼりまだ私が日赤で勤務していたころ、香味彩はまだ県道戸島線沿いの小さな店であった。日赤で勤務していたころ(平成12年ごろ)このお店を教えてもらって、よく通っていた。

時は流れ、私は菊陽、福岡をへて、帰ってきたわけであるが、その際にここに香味彩があることは心強かった。食べるものに困ったら、ここに通っていた。しかし、諸事情により閉店となった。噂では、店主は、世界をめぐって、いつの日か帰ってきたら、ラーメン屋をするという話であったが、どうなったことやら・・・。

で、香味彩は数年前に前川珈琲に変わった。で、その横に実はリンガーハットがあった。たぶんリンガーハットの方が香味彩より古くから存在していたような気もするが、このリンガーハットも数年前に取り壊されて、前川珈琲系列の山賊前川開拓団になった。

ホルモンを中心とした焼き肉屋で、周囲に強烈なにおいが立ち込め、夕方は知っていると、今日も匂うな、と思っていた。

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写真の日付は2017年9月である。

1回ホルモンをたべにいったけれど、強烈で、においが服につくというような古典的なホルモンやであった。リンガーハットの建物を壊して、あらたに作って、わざと開拓団風にぼろく見せた建物であった。

しかし、どうも駐車場の止まる車が少ないな、と思っていた。メニューがそのごだご汁専門店に変わった。そしてついに新たに改装中である。

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今度は前川水軍になるらしい。外装もきれいに塗りなおしている。これは塗りなおす前。

変わらないのは、この看板の柱の部分。

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以前クリニックを作ったときに、こうした高い立て看板を作ろうと計画した。しかしあまりの費用の高額さに諦めた。セブンイレブンの看板も高額であろうな、と思う。

確か、リンガーハット時代は、この看板は回転していた。しかし2回の台風で回らなくなり、その都度修理していた。前川開拓団になってからは固定式である。

変わるものもあれば、変わらないものもある。クリニックは変わらないようで、微妙に少しづつかわっている。経年変化は避けられない。

当院は令和1年10月1日から、新しい電子カルテ・レセコン(レセプトコンピューター)・予約システムに変更となります

移行のため、令和1年9月30日の午後の診療は休診となります。病棟業務は通常通り行っていますので、緊急時にはお電話をください。病棟にて対応いたします。


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開業時より現行のシステムで運用していた。問題がないとは言わないけれど、さしあたり運用できたし、慣れたことだし、そのままでいいと思っていた。しかし、・・・・・

きっかけは、当院の現行のシステムがウィンドウズ7で運用されていることであった。マイクロソフト社からの通達では、来年の1月でサポート中止と。となれば、それまでにOSを変更しなければならない。

現行の7を10に変更するだけのつもりでいたが、10になると、メモリーの容量が増え、現行のPCの状態では不可である。PCの変更が必要である、と。

で、そこでさらに調べると、もっと具合の悪いことが判明した。現在使用している、電子カルテのシステムは将来なくなるかもしれない。(当面はなくならないけれど)。ということは、どこかで電子カルテシステムを引き継がなくてはならない。

その時期を10年後とすれば、私はこのままのんびりしていればいいけれど、それは少し無責任かもしれない。なぜなら、医療上の記録は、5-10年の保存の義務がある。10年後だと、私は69歳。そのころにPCの移植は大変かもしれないし、もしかしたらもうリタイアしてるかもしれない。あるいはるかもしれない。となると、記録の移植に問題が生じるかもしれない。

ま、クリニックが10年後のなくなって入れば、それは杞憂に終わる。しかし、ここ数年の設備更新は10年後もまだクリニックが存続できるようにということを見越して設備投資を行ったわけで、私がぼけても、私の後任をみつけてクリニックを存続の方向である。

となれば、やはりまだ私の記憶が定かであるうちに、医療データーの移行を図るべきである。という結論に達した。

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そこで約1年かけで、後任システムを検討し、今年の4月に決定いたしました。この秋の消費増税前に、ということで10月1日新システム作動となります。

電子カルテ、レセプトシステム、予約システム、院内の各種のサービスも変更あるいは中止となります。またそれに合わせて、院内のWiFI環境の整備も予定しています。

(ただ、その時期が近づくと、各種の打ち合わせがだんだんと立て込んできて、果たして本当に可能なのか、と思わないでもないけれど・・・・。でも、将来を見据えての判断であり、クリニック存続のための大切なことであると自分を叱咤激励しながら、諸事雑務に励んでいます。)

先行して、予約システムが9月から稼働となります。そのため予約のスタイルが少し変わり、戸惑いが生じるかもしれません。万が一うまく予約システムが作動しない場合には、クリニックまでお電話をいただければ、と思います。

移行のため、令和1年9月30日の午後の診療は休診となります。病棟業務は通常通り行っていますので、緊急時にはお電話をください。病棟にて対応いたします。


日曜日雨だった。月曜も雨、今日も雨、そして天気予報ではしばらく雨。ま、私は現況どこにも行けないし、足の調子もいまいちだし、雨でも何も支障はない。でも、やはり朝起きたら、朝焼けを見たいし、暑くても入道雲を見たいし、そして天気のいい阿蘇をオープンで走りたい。はーっとため息をつきながら、朝カーテンを開けるのである。

誰でもそうではないか、と思うが、時と場所に応じた自分なりのイメージがあり、私の中では、8月は青(空)白(入道雲)緑(ロザリオビアンコ)である。以前は、青(南の海)白(南の海の白砂)茶(スキューバダイビング帰りの船の上で飲むビール)であったが・・・・。そういえばダイビングを離れてもう15年くらいであろうか。最後に潜ったのは、天草だったか、西表だったか、十島村だったか、もう記憶も定かではない。

まだ、ダイビングのライセンスはどこかにあるはずである。いつの日か、そのライセンスを持って南の島、と思っている。しかし、昨今の変化は著しい。私がいつの日か潜るとしたら、そのときは本当に浦島太郎の気持ちかもしれない。海の中は変わらないとおもうけど、ダイビングのやり方や機材など大きく変わっているような・・。

ダイビングをあきらめ、そして今は海沿いの生活からも縁が遠くなった。福岡に住んでいたころ3年ほどは、海に近いところに住んでいた。当時子供が魚釣りが好きで、川・池・海岸とドライバーとしてお供した。私は海が好きであったこともあり、百道の海岸線、西区の海釣り公園などにいっていた。当時、帰宅時都市高速で、荒戸大橋を百道にかけて下る途中に見える能古島の風景が好きだった。夕暮れ時が最高であった。

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当時運転しながらとったので、危険な行為であるが・・・。手振れもあるが・・・。ま、こんな感じ。さらに進むと百道タワーが見えて、と。

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百道で降りて、藤崎へ向かう、というのが当時の帰りがけのルールであった。

ああ、海沿いの生活からも離れ、塩の香りをかぐこともなくなってしまった。時にそうした衝動に駆られて、海に行きたくなると、現地から海が遠いことが難点である。

三角ではまだ駄目で、天草の西海岸くらいのうみでないと・・・。それなら、高速に乗って、福岡都市高速にのってぐるっと一回りで、帰ってくる方が早いかもしれない。

などとふと思った。さて、現実に戻り、仕事を始めるか。




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