昨日外来にお越しいただいた患者さんから、帰りがけにそんなにたべていると太るよと注意された。????なぜそんなことを知っているの?お尋ねすると、時にこれを見ていると、と。

ということで、食べることばかり書いているとそんな人間だと思われるので、(実はそんな人間でもあるが)、そうでない部分もあるので、言い訳めいているが・・・。

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私は1960年生まれ。そして、産婦人科医となったのは、昭和60年1985年である。以来、紆余曲折はあれども、産婦人科医をつづけていた。その当時の勤務先の状況にもよるが、産婦人科医として大体何らかの形で拘束されていたし、夜や休日呼ばれることは自然なことと受け止めていた。結果としてプライベートな事項を直前でキャンセルすることも少なくはなかった。

平成19年6月に当地で開院し、幸いまだ産婦人科を当地で継続している。開業当初に比べれば、今はにぎわうことも多いし、病棟の入院患者が0になる日もなくなった(最近1日だけあったが)。スタッフも、開業当初に比べれば、2倍以上に増えた。クリニックの認知度も、以前に比べれば上がったようで、最近はタクシーにのってグリーンヒルにと言っても案内してもらえる。(ただしこちらも最近お酒を飲むことがなくなったので、タクシーに乗ることも激減した)

開業以来(厳密にいえば、クリニックの建物の明け渡しが平成19年4月28日なので、その日以来であるが)クリニックの番人として常駐している。暇なころは少し遠出をすることもあった。(当時私の住民票は福岡市であったので、福岡の家に帰る?行く?ことも時にあった)。しかし少しづつお産の患者さんが増えるころから、遠出を控えるようになった。また、生来行列に並ぶことは好きではなかったが、ここ数年その傾向がさらに顕著となり、そのため混雑・人込みを避けるようになってしまった。

そうしたあれやこれやが積み重なって、今のかごの鳥の生活となったわけである。好き好んでというわけではないと思っているが、ま、その生活になじんでしまったというのも事実であろう。住めば都ということなのか、あるいは住んで都にするのか、考え方は様々であろうが、その生活を少しでも自分なりに住みやすい方向へ持っていくのが人間であろう。とはいえ、さすがにクリニックにくぎ付け生活が1週間も続くと、滅入るので、そうしたときには、パン屋・豆腐屋・団子屋めぐり、というところであろうか。また、天気が良くなれば、芝刈り・土いじりも気分転換である。最近そこにオープンカーで走ることも加わったが、走る方向は道が混んでいない、クリニックからあまり離れない、こととしている。

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クリニックの駐車場の片隅の芝の部分にこのような覆いを付けた。中には、バラの苗がある。その中でも上段のように新芽がでていた。春もすぐそこである。今年は、このバラの育苗をしてみたいと思っているが、どうなることやら・・・。早く暖かくなるといいな、と。