以前何らかの理由で当院を受診され、ある程度の時間が空いて、当院を再度受信されることがあります。同じ要件であれば、再診でしょうし、異なる理由であれば、初診となります。当院の場合、電子カルテなので、以前お越しになった理由は、前のカルテを見ればわかるわけで、それで確認することとなります。

しかし、カルテを見なくても、その方の顔を拝見する、あるいはお名前を目にするだけで、私の記憶の中から呼び出される方々もいらっしゃいます。そうした方々は、それなりの理由があるから私の記憶に残っているわけです。

これと同じ状況は医療する側ではなくて、受ける側にもきっとあることでしょう。以前の対応が良かったから受診いただくと思います。何らかの苦い思いが残っていれば、再診はないことと思います。(二度といくものかと、思って帰る場合には、そうなることと)

残念ながら、医療には100%安全はないし、その結果を100%期待できることはない。いつもいい結果が出るわけではありません。たとえば、子供がほしいと通院されて、妊娠した。当然元気な赤ちゃんと対面する可能性がはるかに高いものではありますが、でも流産した、子宮外妊娠となった、早産となった、となることも少なからず存在します。そうしたことが生じたとしても、決してそれは誰かのせいということではないけれども、やはり苦い思いが残ることは事実です。

どのような結果であれ、私も含めた医療スタッフはその状態に応じた、当院で対応可能な診療を誠実に行うい、当院での対応が不可能であれば適切な施設を紹介し、転院となります。そのような過程をへて、いい結果につながれば何よりであります。残念ながらいい結果につながらなかったしたら、それはまことに申し訳ないとしか言いようがありません。

そうしたいろいろな思いがあって、そして再び当院を受診いただければ、それは本当にありがたいことで、当院を信頼できる施設であると思われての受診であり、より一層その信頼に応えるべく、真摯に対応をと心がけています。

ただ過去の私の経験から、特別扱いをすることは必ずしもいいことではないような気がしています。特別扱いをすること、その時点でなにかが歪んでしまって、その歪みがどこかに現れるような気がします。特別扱いはよくない。となれば、どうするのか?

結論として言えば、私の心の中に、注意を要する患者様である、との認識は置くとてしても、診療という行為に関しては、いつもと同じことを、いつもと同じようにする、これが一番の方法ではないか、と思います。無理して何かをしても続かないし、自然体でいつでも対応する。ただ私自身の自然と感じられる私自身の感性のレベルをすこしでも良好な状態を保ち続ける努力をおこたらないこと、これが大切ではなかろうか、と最近感じています。

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地面から生えてきたのは、芍薬の新芽です。芍薬の新芽はいつも赤いのです。今年もたくさんの花が咲くことを願っています。