私が無痛分娩というもの存在を知ったのは、産婦人科医になってからであった。ただ、当時は無痛分娩とは縁のない世界にいたこともあり、よく理解できないし、ずるいような感じがして、あまりいい印象はなかった。

きっかけは、私が福岡の産婦人科で働いたことであった。当時福岡で勢いのある産婦人科で3年ほど働いた。そこはきれいな施設で、食事内容も豪華で、サービス面でも、それ以外の面では、私の中では目からうろこの世界であった。そしてそこで直接無痛分娩に触れた。

実際に無痛分娩の世界に携わってみると、それまでの私の中での無痛分娩に対する思いは、食わず嫌いのようなものであったことに気付いた。触れてみて、わかる世界であった。結果として、その福岡の産婦人科を離れることとなり、熊本で開業することとなった。その際に、クリニックのいくつかの柱として、無痛分娩を取り扱うこととした。

平成19年に当院は開院であり、無痛分娩は当時から行っていた。実際に、自分でその責任者として携わることで、その利点・欠点に気づくこととなり、開院以来少しづつ修正し、今のスタイルとなった。その間に、世間一般でも無痛分娩の機会に触れることが多くなり、最近はj熊本市内でも、無痛分娩を手掛ける施設も多くなったような気がする。各施設也に様々な経験があり、方法があることと思う。そして当院でのスタイルも、果たして将来もこのままどうか、それはわからないが、その利点を考慮し、続けていくことであろうと思う。

その実際、苦労話、などをこれから少しづつ書いていこうと思う。続きは明日に。


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これはジャガイモの花である。可憐な花である。駐車場の隣には、田んぼが広がる。そこで田植えまでに、自家用として作付けされているジャガイモである。

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クリニック界隈は、本来は水はけのよい畑作あるいは放牧に適した場所であった。しかし戦後稲作が推進されたこともあり、この畑地が、田んぼと変わった。噂では、この畑地を田んぼに転換するために、その土地の深いところに、水の浸透を妨げるようなビニールの膜がある、と聞いたような気がする。

しかし、市街化調整区域といえ、宅地化の波が来て、少しづつ田んぼがなくなりつつあるのも事実である。