いろいろなことを時間をかけて、説明しても、結局理解されていなかったのであるな、と後で気づくことがある。きっとある思いに頭がいっぱいな方は、自分の関心のあることにしか興味がないのであろう、と思う。だからそれ以外のことはすべて素通りしていくのだであろう、と。

しかし結局として理解いただけなければ、私の説明も、無駄であったわけで、となるとこれはやはり私の不徳の致すところとなる。せっかくお越しいただいのに、その目的が果たせず・・・と。

DSCN1279 (640x480)

医療において、足しの場合は対面診療が中心であり、相手の訴えが何かを理解しておかないと大変なこととなる。そのため、十分な情報収集が必要であり、それは問診ヒストリーテイキングといわれる。十分な問診を行えば、それだけで診断がつく場合もある。

また診療のために大切な情報がそこから得られて、さらに診察でそれが確信される場合もあれば、聞いても結局何もわからない、診察をして少しという場合もある。

場合によっては、話を聞いて病態の説明をするだけで、診療が終わる場合もある。診察していないのに、とおもわれるかもしれないが、話をして、私が説明をして、それを理解いただければ、それは十分に医療である。

逆にいえば、十分に理解いただけなければ、それは医療ではなかった、ということになる。とはいえお互いの貴重な時間を割いて、説明に費やしているわけであるから、そこには対価という事実がのこる。しかし納得できないのであれば支払わない、というかんがえもあるかもしれないなーと。

クリニックの待合室に座り、問診をして、必要な情報を得たのであれば、それは十分に医療である。でも得られなかったと本人が感じたとしたら?ということである。つまり、私としてここにきて話をしたら、その情報を十分に理解した、と納得されるように話をしないといけないということかもしれない。

DSCN1280 (640x466)

春の一日、駐車場の工事もひと段落。芝桜も咲き始めた。