私が自転車と触れるようになったのは、たぶん小学生ごろであると思う。自転車に乗って、一人で遠くに出かけることができるようになったのが一番うれしかったと思う。ただ、当時の私の実家は、熊本城の北の尾根の様な場所なので、下通に行くにも、上熊本駅にいくにも、浄行寺にいくにも、行きはすべて下り坂、帰りはすべて登り坂というものであった。

そういえば大学時代を始めたころは、黒髪のキャンパスまで自転車で通っていた。高校時代の寮生活から解放され、大学生と、すべてが新しかった。友人の下宿によったり、クラブ活動をしたりと、これもすべて自転車であった。今にして思えば、自宅(出町)から黒髪、そして黒髪から九品寺、九品寺から出町と良く自転車で行動したものである。今となっては信じられないけれど・・・。

もともと自転車がすきであったけれど、この時点ではまだバイクの免許がなかった。原付の免許を取り、原付にかわり、そして車の免許を取り車にいつしか変わっていった。

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上熊本に住んでいたころ、健康のため、と称して日赤病院まで自転車で通ったこともある。日赤到着なり、シャワーを浴びるのが日課であった。自転車で通勤あるいは帰宅中に、電話がなって、緊急で呼ばれた時がつらかった。この時点では、運動不足の解消が一番であり、日赤帰りにジムによって練習に汗を流す、ことも楽しかった。当時はステップにはまっていた。

福岡に住んでいたころには、町の探索に自転車が重宝した。当時は自由な時間が比較的今より多く、自転車で知らない街を探索することが楽しかった。でも一番の楽しみは、大濠公園の中の島である。ここに本と蜂楽饅頭をもって昼寝するのが楽しみであった。

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この地で開業して、約12年。最初は福岡の自転車を持ってきたけれど、ある日突然いなくなってしまった。で、今の自転車はこの地で購入した。玄関前においている黄色い自転車である。しばらく乗らない時期があって、タイヤがダメになったので、1年くらい前にタイヤを交換した。以来時にまた乗るようになった。

で、久しぶりに、託麻88ヶ所めぐりに登用した。小山山の下山が行けななかったのか、あるいは小山諏訪神社の参道で自転車に乗って罰が当たったのか、パンクをした。この場所は、小山山のふもとなので、結構距離がある。

昔は至るところとはいかないまでも、地域にそれなりの自転車屋さんがあったような気がするが、今はそうした自転車屋を見かけることは少ない。おまけに日曜日、ほとんどのお店は休みである。クリニックのそばにも、アサヒ輪業しかない。そこまで行くためにははるかに遠い。

さしあたり、押して歩いていると、このおにぎり池があった。蓮の花がピンク色、あるいは黄色にきれいに咲いていた。

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さらにこのような黒いものが動いている。食用カエルであろうか、大きい。オタマジャクシか、久しぶりにみたな、と。

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さて、それから押してクリニックにつくまで約30分を要した。帰りがけには雨も降り、濡れて帰った。

一息入れて、自転車の修理のためサイクルベース アサヒへ。タイヤ交換も必要かな、と危惧していたが、修理だけで済んだ。よし、これで、また来週も託麻88か所めぐりに挑戦である。