私の父は産婦人科医であり、その影響もあり私も産婦人科医になった(ここら辺の経緯は開業にまつわる話で書いたような気がする)。父が産婦人科医になったころ、それは第二次大戦の戦後の復興期であり、日本という国に活気があり、医療の世界もにぎやかで、第一次ベビーブームのころで、産婦人科の世界もにぎやかであった。当時は人気のある科で、志望する人も多かった。

日本という国が戦後の復興期を脱し、繁栄を極め、陽の上る国としてちやほやされたころがちょうど、私が青少年の頃で、そのころ繁栄の陰で、少子高齢化がささやかれるようになり、産婦人科を含めて複数の科が人気薄となった。共通するのは、どの科も医療の世界において基本的な科であり、拘束時間が長く、訴訟案件の多い科である。華やかで、実入りのいい分野や、自由な時間の多い分野がこのまで、そして様々な科が新しく創設されこともあり、以来産婦人科の暗い時代が続くことなる。

とはいえ、地域によっては、産婦人科が元気なところもあるので、時代の流れとは言え、あとはそこに企業努力が十分であったのか、という一抹の疑問は残る。

また医師の世界にも働き方改革が叫ばれ、私の以前所属していた大学の医局も主治医制から、グループ診療性になったとも聞くし、夏休みや春休みも含めて、有給がとりやすくなったとも聞く。なので、そこそこ働き方改革は産婦人科の世界でも進んでいるような気もする。

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確かに働き続けて、疲れてしまって、頭の働かない状態では、何をしてもうまくいくはずはない。休息そして、リフレッシュは必要なことである。私になりに、休息をとり、リフレッシュをすることで、何とか今に至った。人や医局の世界はともかく、私は、私なりの経験で今があり、そして今診療することができて、そしてこのGWでこうやって過ごせるだけで、それで十分であると思っているし、ありがたいことでもある。

コロナで様々な制限が出て、いくつかの分野では苦境に陥っていると聞く。たしかに当院の診療においても、外来にお越しになる方が少し減って外来受診数は10%前後減った。当院の診療は自由診療が中心であるが、妊婦健診が主体であり、そこには補助券があることと、分娩に関しては、待ってくれるはずもないので、妊婦健診自体は依然と変わらない。

変わったのは、妊婦健診時にお付き添いでお越しになる配偶者の方や家族の方の制限を行い、車で待機とするという方針に変えたことと、里帰り分娩を推奨しないという方針としたこと、そしてクリニック内での各種教室を中止したこと、などにより診療のスタイルが変わった。

でもそのおかげで、クリニック内の雑然とした感じがなくなり、私の仕事も減った。立ち合い分娩も原則中止としたので、あるいみ医療の原点に返った、ということかもしれないが・・・。

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不要不急の外出を控えて、必要なところにだけ、最小限の数でいく、ということになり、外出の機会もへり、外傷の機会も減ったときく。また自由診療を中心とした分野では、必要な手術・治療以外は当面見送りとなれば、やはり診療自体が減ることなる。つまりコロナウィルスの流行で、コロナウィルス関連の対応でてんてこ舞いの医療施設、不要不急の治療を控えた結果診療滞り停滞する医療施設、そして基本的な診療として普段通りの診療を続けなければいけない医療施設、と今の医療の世界は分かれているのでは、と思う。

このコロナウィルスの収束にはまだまだ時間かかりそうで、それまで各人あるいは各施設の踏ん張りどころであろうし、そのために様々な支援もある。

そうした流れの中で、60目前の私としては、私がコロナにり患すれば60歳の高齢者になるのかな、ならば生存できるかな、などと考えなくもない。しかし、あれこれ考えても、現況が変わるはずもないし、目前の仕事が変わるわけでもないので、結論としては、スタッフあるいは施設でのコロナウィルスの侵入を阻止しながら、普段通りの診療を続ける、ということになる。

以前の変わらぬ診療を続けることができる、という当たり前のことであるけれど、それが結構なぜいたくに思える今日この頃である。

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5月5日、天気が良くて、我慢できずバラ園に行くことにした。でも、水俣もカントリーパークでもバラは見れないと聞いた(3密対策)。で、ここならどうだと、運動公園に行ってみた。残念ながら盛りを過ぎていた。

そういえば、去年もGWの雨の頃に行ったような・・・。来年こそは4月にいこう。そして、今日はたまった仕事に精をだそう。レセプト業務、各種請求書の整理、とやることはある。(ただし、オンラインの銀行業務は不可である)

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