あの時こうしていれば、あの時こうしていたら、と考えるのは、人の常。後悔先にたたず、でもあるし、結果良ければすべてよし、ということもある。あとはその人の性格の問題もあるのかもしれない。

私自身はあまり、そうしたことをくよくよと悩んでも仕方がないし、時間がもったいないので、できれば、気分転換でもしてほかのことで気を紛らわせて、と。その間に事態は、思わぬ方向に進んでいて、結果としてそれでいい、ということもあれば、相変わらずの事態でそのまま残っていることもある。なのであるがままを受け入れて、あとはその対応をというようなことになる。


2020-05-13 09.22.13

開業するという選択肢もあれば、開業しないという選択肢もあったわけで、どこそこの勤務医あるいはやとわれの院長という選択肢もあった。また公立病院で勤務を続けるという選択肢もあった。そしてさらいえば、産婦人科を選ばずに、麻酔科・外科・精神科という選択肢も過去にあった。

その時には、その時の事情と背景があり、必ずしも私自身の気持ちで選択したわけではないが、でもま、だからこそ今がある。これを否定しても始まらないので、どのような決断であろうと、それが結果として私の選んだ道である。

ではこれからの選択はどうであろうか。たら、れば、は永遠に尽きることはない。しかし人生に関してては最初に戻ってやり直し、というわけにはいかない。やり直しをするときにはその間に時がすぎ、最初のとなじ条件ではありえない。できれば、やり直しは面倒だけれど、やらなければならないときに仕方がない。

昔、ビッグという映画があった。若かりし頃のトムハンクスが出演している。確か小学生くらいの主人公が、魔法のような形で20歳くらいになり、おもちゃ会社に入職してそれなりの成功を得る。でも、やはり子供に戻ることを選ぶ。その際に、その世界でえた恋人にも子供時代に帰ることを勧めるが、彼女は10代のあのころには帰りたくないと断る。ただ、それだけの映画であるけれど・・・・。

現実に年齢も戻ってやり直すことは不可能である。でもやり直すには、やはりそれなりの覚悟が必要であろうと思う。それくらいなら、現況をいかに乗り切るかに時間を費やす方がいいかな、と。なので私の場合、”たら”とか”れば”と考えることはあったとしても、そうした事態に拘泥するよりも、その事態に応じた対応をしながら日常を続ける、ということになるか、と。

2020-05-13 09.22.19

裏の田んぼは二毛作で、この時期に麦が実る。麦を刈る時と、コメをかる時にはコンバインの種類が違うそうで、当院の地主さんは麦を作らない。この時期、稲作までの間、ジャガイモをうえて、そしてそろそろ稲作の用意である。

2020-05-13 09.22.21

麦秋である。