個人的に槇原敬之が好きで、聞いていた。現在は収監中かもしれないが、年齢的に近いせいか、共感する歌詞が多くて、医師になったころくらいから聞いていた。で、デザイン&リーズンという昨年のアルバムの1曲目に、朝が来るよ、というタイトルがある。中に50を過ぎた友人が、出来る事と出来ないことがわかるから楽しいと、笑ってたっけ、という部分がある。ま、私の場合、50を過ぎて、60目前であるけれど、この部分にはふむふむと感じるところがある。(なかなか味わい深いアルバムで、個人的におすすめは”微妙なお年頃”である)。

彼が早く社会的に認めらて、復活して活動を再開してくれることを願っている。

2020-05-13 16.11.49


60を目前にして、様々なことが目の間をよぎるし、自分なりの予想もつくので、出来る範囲でできることをというのが通常のスタイルである。しかし、時には何らかの負荷をかけないと、全くできなくなったり、肉体的に支障をきたす場合もあるので、適当に挑戦をしながら、というスタイルも欠かさない。

現実的には、まだ私の記憶力が衰えたとか、理解力が低下した、ということはなさそうであるし、先日学会のWEB講演を聞いて、まだ少しは理解もできた。おかげさまで産婦人科の専門医の更新もできそうである。

ただ、肉体的にはそろそろいくつかの問題もある。60近くも生きてくれば、何かないほうが不思議だろうと、と言い訳にして、それらの多少なりとの肉体的障害と折り合いをつけながら、出来る範囲でと思っている。

時に走ったり、コンディショニングで体を動かすことも、日常の習慣ではないので、昔のように動かすことはできなくなってしまったが、それでも今でもそれなり動けば十分ではないか、と。これ以上悪化することのないように、今の状態を少しでも保てるように、と心がけ、それで時に思い出したように走る。

2020-05-13 16.11.55


仕事にしても、さまざまな日常的なことにしても、自分自身に必要なことであり、それを続けていくことで自分も楽しみながらやっていけるし、そして続けることで私自身の体もメンテナンスできる、と。

私の好きなジェフリーディーバの小説の女性の口癖ではないけれど、動いてさえればなんとかなる。

2020-05-13 16.12.00

写真は玄関わきのヤマボウシ3本。そろそろ白い花が咲き始めた。確かヤマボウシは実がなる。今年はこれに挑戦してみるか。