ここ数日雨が続くし、雨が降らなくても、雲一つない快晴という天気は期待できそうにない。たぶんこの週末も・・・。

ま、それは梅雨時だから仕方のないことであるし、お米のためにも、そして日本という国の四季のためにも必要なことでもある。まして、私に同行できることでもないから、この季節をそれなりに楽しむしかないのである、と理解している。でも、ないものねだりではないけれど、やはり青い空が恋しい季節である。

2020-06-21 04.49.32


前々回の記事で、たまたま手持ちの写真で天草の写真を探して、掲示した写真は、確か通詞島の海岸線の写真である。本当は妙見ヶ浦の写真を探したのであるが、見つけられなかった。そういえば、最近潮の香りをかいでいないな、と。

クリニックの存在する熊本市東区戸島から一番近い海は、熊本新港であるけれど、東の端から西の端まで移動すると1時間を超えるくらい時間がかかる。そしてそこは有明海で、私の求める海とはちょっと違う。私の求める海は、やはり妙見ヶ浦くらいまでいかないと・・・・。となると片道3時間くらいかかるわけで、それなら高速にのって、水俣まで行くか、あるいは福岡まで行く方が早い。しかしそうなると、真日何かが生じたときにすぐ帰ってくることはできないし、コロナで県境はまたぎにくいし・・・と。

2020-06-21 04.49.42

また、前々回の写真で、空気のタンクを見つけてしまったことも、海への郷愁を誘う。何回くらい妙見ヶ浦にもぐったか定かではないが、少なくとも100回くらいは潜ったと思う。300から500回くらいのことろで、ダイビングのログは中止され、そのまま更新されることはないまま今に至る。今では、大ビンの機材も劣化し、どこにあるやら・・・。

このブログの表題にあるように、いつの日か南の島でダイビングをしたいのであるが、そのためには最低限の体力を維持していないと、タンクは背負えない。ダイビングの機材は結構重い。妙見ヶ浦のビーチエントリーで足元の石に気を付けながら潜っていくときには、重たさを自覚したものであった。

大学院の頃、授業をさぼって石垣の海に潜ったころが懐かしい。あるいは通勤の車に逆らうように天草の道に通ったころも懐かしい。人様が働いている時間帯に、海の中でのんびり、あるいはダイビング後に缶ビールなんて、背徳の世界であった。

理想は、メキシコのバハカリフォルニアか、フレンチポリネシアであるが、最近ワインがないと寂しいなと思うようになったので、西オーストラリアでもいいな、と。でも、そうこうするうちに私の年齢は60を超え、70が近づいたら、どうかな、と思わないでもない。

ま、あれこれ考え、ネットで場所を検索して、ワインを探して、妄想にふける。たまにはそれもいい。

2020-06-21 05.14.58

さて、写真は6月21日の早朝。雲が厚い中に、東の空が輝き始めて、どのように朝日がさすかな、と楽しみにしていたら、雲が厚くなりご来光は訪れなかった。ま、そういうこともある。明日があるさ、と。

昨日は3時間ごとに起こされて、睡眠不足気味であった。ま、こういうこともあるし、そうでないこともある、と。ちなみに今朝は静かである。なのでこんなに早くから目が覚めてしまった。仕方がない。