2月8日8時前に、叔母より入院していた父の容体が急変し、今から病院に行く、という連絡をいただいた。そのあとに、入院先の病院より私に連絡があり、心停止の状態で発見され、現在蘇生を行っている。という連絡をいただいた。私は、月曜日の診療開始前の時間帯であり、母と叔母と妹に今後の対応を依頼せざるを得ないので、そのまま診療を続けた。

そのあと死亡を母が確認し、葬儀社に移動すると連絡をいただいた。私は午前の診療を済ませ、午後の診療を青木先生にお願いして、斎場に向かった。友引と葬儀社の都合により、8,9日が仮通夜、10日が本通夜、11日が葬儀と決まっていた。

2日も仮通夜なんて、と最初は感じたのであるが、考えてみれば、実はその方が都合がいい。11日はちょうど祭日だし・・・。ただ、2日も仮通夜は長い、と感じた。

8日午後に葬儀場に家族が集まり、手順を決めた。葬儀の内容、祭壇、一般公開の有無、棺桶、骨壺と決めることは多く、すべてが決まるはずもない。そして午後5時過ぎに、納棺師2名の方により、父はきれいに棺桶に収まった。祭壇はまだ有り合わせの状態ではあったが、ようやくこれで仮通夜を迎えられる状態となった。


2021-02-09 14.31.00

母も、叔母も、妹も、朝の連絡時に急いで駆けつけてそのままの状態であった。なので、その日は夕方には家族はいったん帰宅となり、私と私の長男とで斎場を見守った。

9日、午前中、私は診療を行い、午後は青木先生依頼して、斎場に顔を出す。コロナ過もあり葬儀は家族のみで行うこととしていた。しかし、こちらの連絡の手違いで、お悔やみの広告が熊本日日新聞に掲載されてしまった。そのため9日当院にも、実家にも各方面から連絡をいただいた。ということでそれならばと、家族で行うという趣でお悔やみの広告をこちらからも掲載することにした。新聞社と打ち合わせをして、掲載は10日朝刊となった。

10日は当院では帝王切開を予定していたので、予定通り帝王切開を行った。午後6時からお通夜であったので、私がお通夜に参加して、妹が術後の方とその間のクリニックの対応を行った。結果としてその間に分娩が進行し1名妹が担当する形となった。午後8時に妹と交代する。

2021-02-11 10.00.13


11日本葬。朝10時におときを身内にて行い、11時に集合写真、12時に本葬、13時に出棺、14時に火葬、17時に斎場に戻り解散となった。

2021-02-11 10.01.39

葬儀は無事終了いたしました。何分急なことであり、当院を通院中の皆様にもご迷惑をおかけいたしました。青木先生、妹の協力により、診療が無事継続できました。皆様、どうもありがとうございました。この場をかりて、深く感謝申し上げます。

2021-02-11 10.02.02