父のことをこうやって数回にわたって書いている。これは私の心の整理ということで・・・。今しばらくお付き合いをいただきたい。

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父は40歳で西村産婦人科医院を開業し、82歳ごろに閉院し、その10年後に93歳で亡くなった。閉院後から少しづつ父の元気がなくなった(生きがいをなくした)と思っていたが、考えてみればそれなりの年齢でもあった。ただ、ここ数年は認知症がすすみ、そちらの方がより残念であった。やはり生活を一緒に営んだはずの子供の名前を憶えていないのは少し寂しい。

父が還暦の頃は、33年前である。で、開業医生活でいえばちょうど折り返しの時点でもあった。父が還暦の頃、私は27歳であったことになる。当時の私は、医学部を出て、研修医を経て、医学部の大学院に進学していたころである。

父と同じように開業医となり、診療を続けて、そして還暦を迎えた。ここ数年診療を1日続けると疲れたと感じるばかりである。なので、妹の西村佳与子医師あるいは青木医師が午後の診療をおこなってくれると非常に助かるし、私の負担も減る。

そうした時期を、父は一人で黙々とこなし、それもそれから22年間も続けたことになる。自分でやってみないと体感できないことであるが、還暦を超えるまでも大変で会ったろうけれど、そのあとがもっと大変であったであろうにと、思うばかりである。なので、今となっては、診療が終わって自宅に帰れば、さっさとビールの栓を開けて、というのも十分に理解できる。今の私も、一日の診療が終われば、もうおしまいモードでゆっくりしたい。ここでゆっくりしておかないと、翌日の診療が、と感じる。

慣れないことをして、つかれるよりも・・・。なれない食べ物に手を出して、つまらない思いをするよりも、いつものように安定した何かでゆっくりできる方がはるかにいい。いま、ようやくそうした心境が理解できるし、共感できる。もっと早くこうしたことに共感できればよかったのであろうが、これまでの私では理解できなかったことであろうし、共感しようともしなかったかもしれない。

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私が小さかったころ、この時期は白川公園で植木市が開かれていた。私の父は園芸作業はしていなかったと思うが、毎年植木市には連れていかれていたような気がする。人だかりの中を、家族で回っていた。綿菓子を買っていたような覚えもある。

季節は廻る。その中で人の営みも少しづつ変わる。私も結婚し、子供ができて、開業し、と。私も当然ながらいつかはリタイアをするわけであるが、果たして今から22年も開業をつづけられるかな、と。

写真は10年前の戸島で植木市が開かれていたころのもの。