父のこと、コロナのこと、そして私自身の年齢のこと、などさまざまな思いがある。頭の中を真っ白にするために、土曜日半日休暇を取ることにした。

2月20日土曜日、12時に大学の先生に業務を委託して、退出する。スターバックスによって、珈琲と軽食を手に入れて、高速に入る。松橋で降りて、三角半島を回り、戸馳島を眺めながら、三角港へ。戸馳で蘭を観たいという思いもあったが、時間の都合で先に進んだ。三角港にも、魚釣りの思い出があるが、波止場にもよらずと。

そこで一つ躊躇したのが、新1号橋。結果として、旧1号橋を渡り、昔ながらのルートをすすむ。(昔ながら、といっても、天草五橋のルートが完成したのは、昭和41年らしいから、私が小学校入学前後である。なじみ深いのは、”彼女が水着に着替えたら”という映画がはやったころ、私はスキューバダイビングにはまっていたので、毎週1回はこの道を通っていた。当時は、熊本を出て、大矢のヒライで昼食を調達、下田の妙見ヶ浦を目指し、片道3時間であった。

そして今は、五橋の終わりに、松島から有料道路がある。ここから四郎ヶ浜までショートカットすることで時間が短縮される。200円の通行料。熊本のスターバックスを出たのが12時30分で、14時過ぎに本渡についた。

本渡には天草中央病院時代に1年6か月住んだ。本土の町中も少し変わったような・・・。マックができているし、新しい橋も作られつつある。時間があればと思いつつ、先を急ぐ。で、丸尾焼を探す。

丸尾焼も20年前とは少し変わった。ここで素焼風味の器を探すつもりであったが、残念ながらなかった。丸尾焼も、中心となる世代がかわったのか、あるいは作風をかえたのか、と思いつつ、片口の器を一つ購入する。本日の主たる目的はここではなくて、小田港の十郎窯である。以前いくつかお願いをしていたことがあり、そのお礼かたがたと。


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こちらの窯元は以前は下田の北にあったのであるが、この小田港の傍に10数年前に移転された。


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展示場のすぐ裏には海岸線が広がる。この日は風が強く、潮騒の日であった。こちらも依然と少し作風が変った。本当は以前の作風のものを探したが、残念ながらない。


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ただ最近自分ですこし片言調理をするようになったせいか、どうせこの先生きていくなら、好きなものに囲まれて生きたいと思うようになった。なので、お好みの皿と小鉢皿と茶碗をお願いした。また少し思うところがあり、ちょっと依頼をお願いした。この結果は1年後となる。

さてこれで4時過ぎ。今日の目的はこの窯元の訪問、あとは高浜ワインか、夕日である。どちらにするか悩んだが、夕日を選択した。そしてこの界隈も現在あちこち工事中である。この十郎窯も、上に有料道路が通るらしく、トンネルと橋げたの工事中である。

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明治40年、この天草の下島を富岡から高浜まで5人の文化人が歩いた道がある。文学遊歩道となっている。で、その道をちょっと歩いてみる。

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今でこそ歩きやすく整備されているけれど、その当時はきっと・・・・

そこら辺の話がどこかに書き継がれているらしいし、この後に北原白秋が邪宗門という詩集をだしたとある。

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中ほどに程よい展望台があった。

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ここから海を見ると、海面が白く光る。そして夕暮れ時になれば、と。ただ、残念ながら、少しかすんでいて、この日は海に沈む夕日は少し難しそうである。なので、思い出の妙見に足を伸ばして、写真を撮って17時過ぎに帰途に就いた。熊本着は20時。


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