取り立てて何もなくても、通常の日常があり、仕事があり、食事があり、それが一番ではないか、と最近感じるようになった。それは時に、天草に行ったり、阿蘇に行ったり、鶴屋に行ったりもするけれど、基本は自分なりのスタイルで、と。

それなりに仕事が忙しく、仕事が終われば、オフに切り替えてあとはゆっくり。自分のペースで、と。それは産婦人科医だから、時にお産で呼ばれ、診療で呼ばれ、眠れない夜もある。でもそれもまた私の日常でもある。ときにゆっくり眠れればそれでいいし、週末に時間があれば、ちょっと趣味の時間に専念してもいい。

特別な何かはいらない、単に普通にそこにあるもので、それなりに過ごせればいいなと。昔はちょっと奮発して高い何かをと思うこともあった。それは何らかの行事に出なければならない、ということであれば身なりに気を遣う必要はあるかもしれない。しかし、単に食事ということであれば、気の合う友人と外食でも、ウチノミでもいい。一人でゆっくり過ごす、あるいは家族でゆっくり過ごす、ならばそれはそれでいい。特別な何かだと、かえってこれはこんなに高いのに好みでなかった、と思うとせっかくのひと時が・・・。

ということで、程よいお値段でいつもの味が一番である。もうそろそろ新しい味の冒険は、と思うが、趣味の調理ばかりは仕方がない。なぜなら趣味の調理なので、作ることが一つの楽しみであり、酒を飲みながらがいい。どうせ味はほかの人に食べさせるわけでもないし、眠たくなったら気兼ねせず寝ればいい。

そしてこうした生活を実践していた人が、私の父であった、と今更のように気づく。


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特別な何か入らない、と書いておきながら・・・。丸尾焼で求めた片口。最初はコーヒーを飲むつもりであったが、徳利とすることにした。好きな器でと。

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でも、丸尾焼も私知っていた時代に比べると、生活臭が薄れて、少し高級感が出てきた。個人的には素焼風味の器が良かったのであるが、たぶん作陶者の世代がいれかわったからかな、と。となると、もう少し生活臭のある身の回りの器を探してみるべきかもしれない。

そういえば、健軍小代焼があったな、と。