2016年04月

芝がのび、草の背丈がばらばらとなり、気にかかっていた。しかし、やることはてんこ盛りで、とても芝刈りや土いじりなど、と思っていた。それに17日以降結構お産があり、また体調不良で受診される妊婦様も多いので、くぎ付け状態が続いていた。

4月29日朝から天気もいい。今日も天気がよさそうで、ということ我慢しきれず、というか気分転換を兼ねて、ちょっとだけ土いじりをして、芝刈りをした。

芝刈りにしても、土いじりにしても、いいことはその時間はその作業に没頭できるということである。何もかも忘れ、と。ま、私の場合、猫の鈴ならぬPHSが首から下がっているが、それでも外に出ると気分も違う。土を触り、庭を眺めていると新たな発見もあるし、それをみて新たな構想もわく。

しかしたまっていた仕事もあり、いったん仕事にもどる。でもやはり仕事がはかどらない。で、今度は芝刈り。午後の5時から始めたので、タイムリミットは1時間少々。それでてきるところまでと。

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小さいところまでは手が回らない。できる範囲で、と。

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それでもこうなると、少しすっきりした。小さいところと玄関前がまだのこっているが、これは機会があればGWに。でもその前にレセプト業務、そして九州厚生局からの差し戻しの書類もとどく。さらにいうなら、震災後の対応として地震保険ほかの手続きを考えると頭がいたい。

こうしたときにこの地からはなれられたらと、思わないでもない。そうした煩わしさから解放される。しかし、逃げても仕事は変わらないし、まして私はお産や体調不良の妊婦様が、当院を信頼して受診していただけるのであれば、その信頼に応えなくてはならない。悩み多き妊婦様のすこしでも救いとなれば、と。

いま逃げるわけにはいかない。ただ、気分転換は必要なので、芝刈りをして、饅頭を買いに行って、たまにはもつ鍋(お取り寄せ)でも、と。基本的には私はここにいます。

震災からしばらくして、お産も立て込み、動きがとれなかった。昨日はお産の人もいないし、実家の状態も知りたいと思い、車を動かしてみた。市内のあちこちで渋滞である。以前は夜の7時を過ぎれば、渋滞の個所は少なかったが、今は各地の道路制限やう回路の都合か、渋滞が多い。

通る道すがらは全般的に暗い。ファーストフードや食べ物屋さんも、早くお店を閉めたり、まだ休業状態というところも多いようである。本当なら、パン屋さんによって実家のお土産をと思ったが、17時で閉店であった。基幹交通機関は補修され、ようやく通行可能となった。それから修復のための資材が届き、また物流が再開して、本来の状態に戻るのであろう。

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しかし、これからGWでまた資材の流れは止まる。ま、その分、静かで穏やかになる。便利・快適という生活からは離れているが、シンプルな生活と考えればいいのかもしれない。

私自身も部屋の整理をしなくてはならない状況に追い込まれ、ようやく一部の部屋の整理が始まった。おかげで部屋が少し広くなった。ただその結果として発生する膨大なゴミの行方が気にかかるところでもある。

畑では麦の穂が出ていた。季節はもう5月となる。

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この写真の遠くに移るうち家の屋根のを覆う青いビニールシート。今の熊本の風景である。

芍薬が咲き始めた。不思議なことに白のほうがいつも先に咲いて、おくれて赤が咲く。芍薬は頭が大きいので、雨が降ると雨水が花の中にたまり、頭が重たくなって、頭を垂れてしまう。この時期の雨風はその点恨めしい。かぜ

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芍薬は、去年植え替えたので、今年は咲くかどうか、と思っていた。結構な数が咲き誇りそうである。個人的には、淡いピンク色の芍薬が一番であるが、白も、赤も、なかなかいいのである。いいな、と思うのは私だけではない。虫もいっぱい寄ってくる。甘い香りと蜜があるのであろうか。

さて、ようやく震災の影響もひと段落である。私の部屋もこれを機に、少しすっきりした。捨てるべきものは、これを機に捨てることとした。ただ、今の時期することが多く、部屋の整理だけに専念できるわけでもないので、少しずつである。

そしていよいよ月末となる。またレセプトの対応が始まる。クリニックの年度末の会計操作もある。GWはもともとどこに行く当てもないが、震災での対応につかれた体を少しのんびりしながら、レセプトと年度末会計でということになりそうである。

些細なありきたりの日常生活は、時に退屈である。しかし、その生活の中ではたぶん、いつも通りという安心感があり、リラックスできるのであろうと思う。あの2回の大地震の恐怖(これは建物が崩壊して、このまま私は成仏するかもしれんというもの)、それに続く終息しない余震、ライフラインの崩壊、この一連の減少により、その日常が崩壊している人がほとんどである。

当院は外来を18日以来再開した。お越しになる方々の顔ぶれは、予定されている妊婦健診の方々、妊娠の判断の必要な方々、既存の妊婦様で体調俘虜を訴える方々、それに何らかの治療が必要である方、と極めて限定されている。皆様後片付けや、避難で忙しいのである。

私自身も震災以来、休みはない。もともと休みのない生活であったが、それに輪をかける形で、あれこれいろいろとある。中でもたちの悪いのが不安である。放置して独り歩きすると、さらに不安が大きくなる。ので、不安を感じれば、どうぞお越しください、という形にしている。そうなると、ぽつぽつであるが、いつでも患者様がお越しになるということになって・・・・。

私自身もつかれつつあるし、息抜きがほしいけれども、しかし今ここで私地震が踏ん張らないと、多武私自身の中でもタガが外れて、崩壊してしまうかもしれない。どうせ崩壊するなら、あと2-3年踏ん張ってから崩壊しようと、今しばらくは、全速力でなくても、半分のスピードで走り続けようと思う。

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これはクリニックの4月25日の朝食。ようやく朝食らしくなってきた。まだ手に入らない食材もある。以前通りというわけではない。でも目玉焼きがあって、ヨーグルトがあって、スープがあって、サラダがあって、ジュースがあって、パンがあって、ささやかながらここにはありきたりに日常生活がある。

震災の前に戻ることはできないけれど、しばしおだやかな日常の生活に浸ることができる。

ちなみに、私の場合にはカフェオーレが必須の朝のアイテムである。牛乳が手に入るようになって、満足である。あとは蜂楽饅頭と黒糖饅頭とチョコ煉瓦をゲットしなくては、と。

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現在も熊本市のあちこちで漏水の検査と修理が施行されながら、水は供給されている。当院の場合、水道管から、当院用の貯水槽に水をいったんためて、それをポンプであげて使うので、いったん水の供給が始まれば、断水の可能性は低くなる。その点、一般家庭の方は、時に給水、時に断水で申し訳ないと思っている。

しかし、おかげさまで、職員は水汲みの業務から解放され、本来の業務に専念できる。4月16日1時の本震で停電となり、水をくみ上げるポンプが作動しなくなったので、水が出なくなった。そしてたぶんそのころ水道管からの給水も停止した。

水と電気がなければ、調理も、洗濯も、清掃もできない。シャワーや木曜も不可である。トイレの水も流せない。電気が復旧したのが17日の夜。その日は貯水槽にたまっていた水が使えたので、一時的に水は使えるが、早晩水はなくなる。新生児の沐浴、産後お母様のためのシャワー用の水は確保したいので、節水モードとした。

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幸いにそこに、近隣の農家からのありがたい申し出があった。使用したこのとのない貯水タンク(750L)の借用と、地下水による給水である。この地下水は深さ70m位のところからくみ上げるものであるが、やはり地下水なので、そのまま飲用とはできない。しかし、この水を使えば、洗い物やトイレの水として使用できる。

次なる問題は、エレベーターが緊急停止していることであった。実はエレベーターは、14日夜の前震でいったん止まった。日立の方の懸命の復旧作業で、15日早朝に復旧作業でいったん復活した。しかし16日未明の本震でまた止まった。日立の方も忙しく、たぶん19日にようやく使えるようになった。

その間1階の水を2/3/4階の水をためる場所まで組み上げることが、朝の職員総出のひと仕事。エレベーター復活で、階段を上げなくてよかったのが助かった。この間飲用としてペットボトルで水をいただき、19日夜に給水車で1トンの水をいただいた。この時点で、貯水槽には約8トンの水があった。これで何とか節水モードでと思っていた。

熊本市の断水は順次解除され、残り20%の区域として残ったのが当院の所属する、高遊原給水地区であった。熊本市の緊急情報でも、この地区の給水再開はいつになるかわからない、と掲示されていたので8トンの水でやりくりをと考えていた。

ただ災害後数日が過ぎ、当院入院の方以外にも、新生児の沐浴で悩む方々が多くなり、そうした方々への提供も必要な状態となり、8トンの水がいつまで持つか、不安であった。そこで医師会に相談し、熊本県医療政策課に話が通り、熊本市の水道局に指示が出て、当院に給水車が来ることになった。2トンの水をたたえた車が20日に到着した。

不思議なことに貯水タンクを開けたら、水がたまっていた。神様の贈り物であろうか?たぶん高遊原地区の試験給水が夜間に行われ、その結果として給水されたと想像する。そこで給水車には帰っていただいた。ただ、水の給水が本当かどうか自信がなかったので、節水モードはそのままとした。

21日も貯水タンクを確認し、満水であることを確認し、水は要事使用可能とした。これにより、ようやく職員は水汲み業務から解放された。

給水当初の水は濁っていてとても飲用にはできなかった。その後使用を行い、今朝の水は少しきれいになった。でも、今の状況では飲用してなにかがあれば、と考えてしまうので、飲用は当面ペットボトルでと思っている。

お世話になった給水タンクは23日に改修された。農家の方、そして多数の方から支援をいただき、水の問題もこうして解決したのであった。




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