2017年02月

できれば診療は当院で完結させたいけれど、それが不可能な場合もある。そうした場合には、より適切な施設にお願いすることとなる。時間的に余裕があれば、外来で受診であり、時には救急車でということになる。

おおよそ年間20名前後の母体の搬送、10名前後の新生児の搬送、というのが当院状況である。平成28年は、4月の熊本地震のため、特殊な搬送が増えたけれども、年間で考えると大体そうした状況である。母体にしても、妊娠中、出産直前、産後と状況が異なるし、新生児も状態は様々である。そしてまれなことながら、当院に救急車でお越しになる方も年に数名ほどいらっしゃる。

他施設へ患者を依頼する、ということは、当院では十分な対応ができないからだと、私および施設の技量不足といわれてしまうかもしれない、お叱りを受けてしまうかもしれない。

熊本地震で、熊本市民病院が高次医療施設から脱落し、ようやく昨年末にNICUと一部の施設だけ復帰したが、昨日は限定されている。その結果、熊本大学病院と熊本赤十字病院と福田病院が周産期関係の高次医療施設と稼働することとなった。しかし、これらの施設だけで、熊本市内の出産をすべてカバーできるはずもなく、万一仮にそうした事態となれば、病床はあふれ、他の疾患の治療不可となることであろう。となれば、ローリスク対応は一般の医療施設で、そしてリスクの高いものが高次医療施設へという流れになる。

もしかしたら、日本も将来アメリカのように、出産の施設がいくつかの施設に収れんされ、多数の出産を抱える施設だけ、ということなるかもしれないが、それは今ではないし、また今の現況では不可能であろう。今の熊本の状況からすれば、ハイリスクとローリスクの妊娠・出産・新生児とわかれ、ハイリスクは高次医療施設で、ローリスクは一般の施設でということでないと、たぶん熊本県内の状況は維持できないと思っている。


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そこで、ローリスクとハイリスクの見極めが大変なこととなる。外来でリスクの高い方々は、早めに紹介という形としているが、時には緊急でその判断をしなければならないこともある。また、私自身の考えとして、事態が悪化してから送るよりも、その一歩あるいは二歩手前で搬送したい、ということもあり、そのように心がけているつもりであるが、その結果として高次医療施設に様々なお願いをすることとなり、結果として高次医療施設にご迷惑をおかけすることとなる。

ギブアンドテイクというわけではないが、当院としてできることは何であろうか、と考えないでもない。でもできることは、日々の診療を午後や土曜日に行うことで、そうした施設の救急外来の負担を減らす、あるいはローリスクの症例を減らすことくらいかな、と。当然ながら受診される皆様の意志を尊重して、ということにはなるのであるが・・・。

昨日(2月27日)は久しぶりに(たぶん8年ぶり)母体搬送を県外の施設に行った。現在の熊本県では対応不可ということで、県外の施設へ。そのため各方面に連絡し、消防隊にもお願いして、搬送した。危惧された事態も発生することなく、送り届けることができた。あとはその妊婦様の治療が成功することを願うばかりである。

写真は、寒波で変色した千両。もう駄目かと思っていたら、根っこの部分から新芽が出てきた。もう少し暖かくなったら、植え替えをしようかな、と。ただ、過去に千両万両は数本枯らしてしまったこともあり、植える場所と時期が難しいかもしれない。でも、中庭でこっそり咲いている万両のそばならいいかもしれない。ここにも、適切な判断が必要となる。

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そろそろ暖かくなり、次のことを考えてもいいかもしれない。今日は月末なので、月末の予定を午前中に済ませれば、午後天気がいいときに庭仕事もいいかな、と。

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確か10個の球根を植えたような気がする。現在7個の生育中の芽を確認。ということは3個は芽が出なかったのか、遅れて出てくるか。

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こちらは、ビオラの影にかくれて難しいのであるが、遅咲きの水仙と、クロッカス?と、チューリップであると思っているが・・。こちらでは9個くらいチューリップを確認した。

できれば、この地は水仙とチューリップにしようかなと、思っているが、この地は微妙な場所なので、果たしてこのまま私の自由にできるかどうか、それはわからない。でも、どうせなら構想のある花壇にしたいな、とも思っている。

チューリップの色は限定している。水仙も本当は色と種類を限定したかったのであるが・・・。ま、急ぐ必要はないので、少しづつ構想の実現に向けてと。

本来は山より海が好きである。海のそばで、潮風を感じながら、日陰でゴロゴロ、というのが私の究極の理想であり、だからこそこのブログのタイトルである。

しかし、現在のクリニックの所在地は、海から遠い。熊本市の海となると、金峰山の反対側なので、熊本市の東から西への移動であり、1時間くらいかかりそうである。おまけに、金峰山の向こう側は、有明海なので、潮の引いた時にいってしまうと、目につくのは遠浅の海岸線となる。

ちょっと海まで、というわけにはいかない。海岸線のきれいな海となると、熊本の場合、天草の下田くらいまで行かないといけないが、それだと時間もかかる。それなら、いっそのこと高速で福岡か、鹿児島まで行く方が話が早い。とはいえ、いつのお産の方がお越しになるか、という状況であれば、そこまでなかなか踏み切れないのも事実である。


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写真は6年くらい前の福岡の姪の浜にある公園からの写真である。能古島、糸島方面、博多湾である。博多湾も、百道方面は結構人の手が入っているが、いまは十分に自然な雰囲気である。

福岡にいたときには、休日に自転車で散策していた。今頃は、そろそろシラウオ漁の小屋が室見川に並ぶころであろう。福岡を離れがたかった思いの理由の一つに、やはりこの海のある風景というものがある。早春の穏やかな海、潮風を感じながら、砂浜や堤防沿いを歩く、あるいは走る、と。

4月に少し当院の体制が変わる予定なので、その際にはすこし足を延ばしてみたいと思っている。4月からの当院の体制については、3月に皆様に報告ができることと思う。

掃除ロボットを購入したのは、当院の新館の4階で居住するようになってからであった。半信半疑であったが、ま、物は試しと購入した。新館ができたころなので、平成21年から22年ごろであろう。ルンバという機種の577であったと思う。

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毎日1回朝に作動させて、私は部屋を離れる、というパターンであった。途中で仕事を放棄することが多くなり(バッテリー切れ)、数年前にバッテリーを交換した。ダストボックスを清掃するたびに、いつもこんなにゴミ・埃が出るのだと、と思っていた(ごみ埃の原因は、人間が原因であると聞いたような)。

ただ、ここ数カ月、作動時に異音が発生するようになった。向寒の部品ももう手元にない。どうしようかと、考え、新型に交換することにした。

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各メーカーであれこれ悩んだが、結局またルンバ社の製品とした。今回外来の夜間の清掃をこちらにお願いしてみることとした。外来終了後に作動と。

旧型と比べて洗練されたデザインで、ごみ取りの方法も少し変わったようである。

さて、我が家には、こちらが登場。

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ブラーバ371jである。このJがジャパン仕様ということであろう。確かどこかの製品にクイックルワイパーというものがあったと思うけれど、今回はその自動運転版ということであう。

ルンバと異なり、操作終了後自動的に充電器に合体することができないので、その操作が必要である。また作動領域の設定が少し難しいような・・・。


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この様な付属品を作動させないとならない。

でも狩猟後のクロスの状態をみると結構汚れているので、作動は間違いない。仕上がり感もこちらのほうがいいような気もする。

さて、問題は旧機種である。5年近く働いてくれたので、そうさっさと捨てるのも忍びない。でも、おいとけば邪魔になるし、使用しなければ充電も劣化する。

当院は、開院以来二つの分娩室があり、その分娩室はこの様な雰囲気である。

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しかしこれは天井と壁の写真であって、おまけに照明も落とされた状態であるから、分娩室という感じにはほど遠いかもしれない。実際の分娩時には、この部屋はもっと明るくなる。そしてこのテレビの下に分娩台があり、四角い光方向に向かって出産という形となる。

特徴は、壁が木目調であること(正確に言えば突板という種類である)、照明や機械などは目につくが、基本的にはあまり生々しい機械棚などはない。そして天井からこの様なテレビがぶら下っている。

出産まではこのテレビで環境映像(グレートバリアリーフの魚)が流れているが、時には妊婦様のお好みのDVDが流れる。横にボーズのスピーカーがぶら下がり、ここから音と光の世界が構築されることとなる。

たぶん、松山建築設計室が手掛ける建物の分娩室は大なり小なりこのような形であろうし、協立機電の関与する施設でも似たような形となるかもしれない。(当院の分娩室は両社の合作であり、傑作である、と私は思っている)

人によれば暗いといわれたこともある。その点は、現在LEDの補助灯で補っているので、私自身としてはあまり暗いとは思わないし、帝王切開時にも何ら支障はない。

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開院したのは、平成19年なので、器具の選定を行ったのは平成18年ごろとなる。そのころはまだプラズマテレビと液晶テレビがしのぎを削っていた時代である。たぶん40-45インチくらいのプラズマテレビであったかとおもうが、当時のお値段ではそこそこの金額となったような気がする。

私としては清水の舞台から飛び降りるくらいもつもりで、プラズマテレビを2台取り付けたのである。天井からつるして、寛容映像を流す。その後、思いつくことがあり、インファントヲーマー上での新生児映像も、切り替えで流せるようにして、今に至った。

ただ、天吊りのためか、そしてプラズマテレビ自体の重さがあったためか、次第に画面の劣化が目立つようになった。そこで、今回42インチの液晶テレビに変更した。金具の都合で、テレビの設置位置がやや天井寄りになった。でも画質はより鮮明になり、背景の白もあり、見やすくなったのでは、と思っている。

金額も10年前に比べれば、十分にコストダウンが進んだ。正直言うと、以前は人件費よりもテレビのほうが高価であったが、現在ならテレビよりも取り付け費用のほうが高額となる。そのため、今回は311号室のテレビ設置と合わせて、分娩室2台のテレビ交換とした。

前回のプラズマテレビで約9年使用した。今回のテレビもそれくらい使用できるといいのであるが・・・。

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