2019年01月

現在は飽食の時代であり、ファーストフードからさまざなスナック菓子まで容易に手に入る時代であり、その結果としてあちこちで肥満が問題化していると聞く。沖縄でも、トンガでも、肥満が問題となりつつある、と。

私自身も実は肥満である。身長176cmで体重85kgとなれば、BMI=85/1.76/1.76=27である。BMI25以上が肥満の定義であったような気がするから、立派な肥満である。そういえば、先日腹部超音波検査時に、内臓の脂肪化が著明で、その結果内臓のコントラストがついて、腹部超音波検査がしやすいといわれてしまった(悲しことであるけれど・・・・)。で、ようやく一念発起して、糖質制限を始めて、いったんは80kgまで行ったのであるが、今は少しリバウンドの状態である。できれば76kgまでお落とせれば、BMIが25を切るので、肥満の定義から外れることができる。

いま一度頑張らねば、と思っているし、そしてそれが継続できなければならない。流行の継続可能な支援ということである。着々と年を重ね、老化の文字がちらつきだしている今、自分自身のことを自分できちんと行えるために、そして痴呆をさけるためにも、体力と知力の維持を、そのためにも肥満は突破したいものである。

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さて、この肥満の問題は、私の問題だけではなくて、やはり診療においても問題となることでもある。というか、安産のためにはやはり適切な体重コントールが必須であると私は思っているし、実際母子手帳の中にも適切な体重維持の記載項目がある。

体重の過増は、やはり妊娠出産のリスクを増すし、難産や帝王切開の頻度が増えるとされている。なので、外来では妊婦健診の際の大切なチェック項目である。しかし誰でもそうであろうけれど、太ったといわれのは嫌だし、ましてやなんで食べているものを人様の目にさらけ出さねばならないのか、という想いの方も少なくないことであろう。

しかし、体重に関してはやはりその場の快楽(食べるときの至福)の最後の審判がお産であると、私は心の中で思っている。太っていても、つるっと生まれる人もいることは事実であるけれど、産むまでが大変な人もいる。ま、必ずしも太っているから難産になるわけではないとも思うが・・・。

でも、ちょっと余計に背中にお肉がついていて(皮下脂肪が厚い)、そうした方々から、痛いので無痛分娩希望といわれると時に困る。無痛分娩のためには硬膜外穿刺と呼ばれる手技が必要であり、そのためには背中に針を刺さなければならない。針を刺すためには、その背中の背骨の隙間の部分をメルクマールとして穿刺するわけであるけれど、その隙間がなかなかわからないのである。

ただでさえ妊婦様でお腹が大きいのに加えて、陣痛が来れば、痛くて姿勢を取ることが難しい。そこを何とかなだめすかして、背中を丸くすように膝を抱きかかえる姿勢で横になってもらって、腰骨のあたりの骨と骨の隙間をみつけて、そこに針を刺すのである。運よくはいればいいのであるが、運が悪いと何回も穿刺の行為を繰り返すこととなり、妊婦様にも申し訳ないのである。でもこの針が入らないことには麻酔はできない。

また産後の縫合時にも苦労することがある。外側の傷はいいけれど、膣内の傷がある場合、その傷を確認するために膣鏡という硬性鏡を必要とする。で、これは通常二枚刃であり、上と下から開く。で、お肉の厚いかたであると、この二枚刃の横のあいた部分から膣のお肉が飛び出してくる。その結果中が良く見えない、という事態になる。これもまたトホホの話で、いったいどこに傷があるのよ、出てきたお肉をよけながら悪戦苦闘して、なんとか縫合を行うことになる。

BMI30以下でこの苦労であるから、高度肥満(BMI30以上)であれば、お産なんてとんでもない世界であろうと思うし、私にとっては禁断の世界なので、BMI30以上の高度肥満の方には申し訳ないけれど事情を説明して、麻酔科と小児科と産婦人科のある総合病院での出産をお願いしている。

ということで、太らないに越したことはないけれど、自分の体重でさえも維持できない私であるから、妊婦様が守れなくてもそれはそれで仕方がない。妊婦健診でも基本的には適切ない体重を維持するように再三お願いしているつもりである。でもどうしても太ってしまえば、それは仕方のないことであるけれど、その太った分の責任は自己責任とリスクの増大ということで了承いただければ、と願う次第である。

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写真は蝋梅と白梅。蝋梅は、下を向いて咲くので、下から写真を撮る。なので、青空が背景となる。一方白梅は、お日様に向かって咲くので、上から写真を撮る。なので、地面がうつる。

1月から2月にかけて、寒い時期が続く。この寒い時期に咲くのが、蝋梅であり、水仙である。それから白梅、紅梅、桃とつづく。1月18日朝方は晴れていた。

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路側帯の水仙も結構咲いてきた。

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玄関わきの白梅も少し咲き始めた。こちらは香りはよくわからない。

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白いものがポツリと。

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寒さはまだこれから。そしてインフルエンザの警戒レベルを超えつつあると聞く。クリニックの面会制限も始まります。



全開の話に続く話題である。

睡眠と食欲は、私自身の健康の指標であると思っている。体が疲れたな、と思うとやはり眠い。なのでちょっとでも昼寝をして(この場合の昼寝は30分以内であって、寝すぎてはいけないとされている)、頭をすっきりさせてと心がけている。

診療の終わりがけに腹減ったな、と感じれば、きちんと仕事ができたということであると思っているし、時にフィールドワーク(単に園芸もどきであるが)や自転車や走った後に、腹減ったな、と感じて、そしてご飯を食べれば、基本的に何を食べてもおいしい、と思う。

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私の場合、そこに週末の楽しみとして、お酒があればなおうれしい。そうした週末の料理やお酒は、正直言うと、高額な物ではどうも私の肌に合わないようで、講演会やパーティーなどの食事ではどうも中途半端でかえって満足感がない。自分のペースで気兼ねなく、食べて飲んで、そして可能であれば気の合う友人と会話ができれば、大満足である。もともと小心者だから、料理の金額やお酒の値段を見てしまうと、これがいくらかなと考えてしまうような調子で、よくない。

なので、今一番楽しいのは、まずその前に、十分に仕事なり運動をして、充足感のある状態で、食事に向かい、自分の予算内でお酒をのんで食べること、であろうか。

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さて、そうした私の状態を患者様に求めているわけではないけれど、でもやはりと思うところがある。

基本的に、お産は大仕事なので、やはり当事者も、その付き添いの人も、できるだけ、食べて、寝て、そして最後の大勝負に臨んでほしいと願っている。なんてたって、頭が出てくるときが一番痛いのであるから、その最後の大勝負までに体力を使い果たす、あるいは気力を使いはたす、これでは困るのである。

なので、可能であれば、それまでの体力の温存と。と同時にあんまり早くから、気負って緊張しても、先が長いので、お産が早くすすむ場合は別として、時間がかかる場合には、それなりの対応をしてほしいな、と願っている。

とはいえ、そうした思いは、やはり初めてのお産の人はなかなか理解しがたい面もある。こんなに痛いのだから、と外来にお越しになっても、まだ外子宮口は開いていません、といわれて帰るときっとがっかりされると思うけれど、でもまだまだなのである。

まだまだは、まだまだであって、その”まだまだ”から、”いよいよです”の間を如何に過ごすか、これがお産の体力温存の秘訣ではなかろうか、と思っている。なので、お産に関しては、出来るなら鈍感なほうが望ましい。これが陣痛とは思わなかった、来てみたら入り口が8-9cm開いていた、というほうが・・・。

人によってその痛みの感じ方は様々に異なるけれど、でもお産が済まない限りその痛みから解放されることはない、と分かっていても、そうはいかないし、あとで振り返ってみればその思いは理解できるかもしれないが、目の前でてんぱっていたり、痛いと叫んでいる方にはなかなか理解はいただけない。

でもだからこそ、お産に当たっては、大仕事なのであるから、十分な睡眠と体力の温存を心がけてほしいし、だからこそ食事と水分も十分に補給してほしい。疲れ切ったからだと頭では何もできないのである。(そうしたときに、無痛分娩が手助けになるのであれば、利用すればいい、というのが私の考えである)

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また、これは出産後に退院したかでも同じことである。退院して、育児が始まる。慣れない世界である。うまくおっぱいが出ればいいけれど、中にはおっぱいで悪戦苦闘する場合もある。母乳育児が有効であると、あちこちと耳にして、プレッシャーがかかり、がんじがらめんとなり、どこそこの母乳外来にかかり、自宅では搾乳して、と。

確かに努力をしないと身につかないのも事実であるけれど、おっぱいの出方や赤ちゃん個性もあることであろう。まして、産後1か月以内で、まだ実家にいて、強力な援護体制であればいいけれど、産後から自宅で夫と二人で臨む、とか、ご主人の実家で同居である、とかの環境だと、そこにさまざまな環境的な要因も絡む。

新生児が誕生することで、人間関係にも新たな面が出現するし、ジジババのの援護・助っ人・口出し・ちょっかいと様々な思惑が交錯する。その結果として、食欲もない、元気もない、眠れない、おっぱいも出ない、となりかねない。というか産後1か月健診時にそうした方に多いすることも少なくない。

現在、そうした方への支援も以前に比べればはるかに手厚くなっているし、妊娠中あるいは妊娠前から産後までそうした体制への支援も行政も含めて対応が始まっている。でもそれでもやはり時に何かが生じるわけである。

当院でできることには限りがあるけれど、時に1泊2日コース、あるいは2泊3日コースで、退院された産後の方が赤ちゃんと一緒にお泊りをされることがあります。その間、お母様は寝て食べて、と。赤ちゃんはナースステーションでお預かりと。十分に寝て食べると少し元気が出ます。お帰りの際には、今後の対応についてできれば家族とよく相談していただいて、と。必要であれば様々助っ人を頼んだり、場合によっては人工乳を検討したり、と。

やはり、食って寝て、今日も元気と感じてほしいな、と願っています。そのために必要な物で、当院で提供できるものであれば、どうぞお使い下さい。

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写真は、上段は当院の屋外の白梅。まだ数輪しか咲いていません。一方、下段の2枚は盆栽の白梅。待合室においておいたら、1週間で咲き散ってしまいました。もう少し寒いところにおいておけば、もう少し楽しめたのに、と後悔。

夜討ち、朝駆け、といえば、戦の戦法である。そして、私の場合にも、夜討ち、朝駆けがあるわけで。今週はちょっと忙しい。予定では、今週は土曜日だけの帝王切開の予定であった。連休明けの火曜日は忙しいかも、と思って火曜の診療が始まった。

火曜日の朝、いくつかの症例が重なり、外来が滞り、そしてそうした中で、あちこちに紹介状を書いて、それから急きょ帝王切開となった。ようやくひと段落と思ったら、当院に珍しく救急車がきて、患者様が搬送されてきた。さしあたり入院で様子観察で対応できそうである。

火曜、水曜には早朝と夜間にお産もあり、木曜には午前2時ごろのお産があった。特に夜11時と朝2時のお産は私にはちょっとつらい(安眠の妨げである)。でも、お産の時間ばかりは私がどうこうできるはずもない。通常なら、このお産のために狂った睡眠パターンを補てんするのが、昼寝であるけれど、そこに昼間の帝王切開が毎日であれば、補てんができないのである。

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ま、時にそういうこともある。幸い、木曜の夜から金曜にかけて(今朝)はなにもなくて、ようやく充電で来た感じである。時に夜討ち朝駆けがつづくことも、お産を対象とするクリニックであれば、仕方のないことである。

巷では、医師の残業時間が法律で制限されると、聞く。はたしてその法律は単独医師のクリニックの院長に適応されるのであろうか、とちょっと心配である。私の場合、自由裁量性の時間の工夫の中で、どこそこに自分用のやりくりをして、私の体力の回復を図り、そして私自身のモチベーションを保つ工夫で、何とか維持している。だからこそ趣味の料理であり、園芸であり、ドライブであり、そして大切な昼寝である。

なので、この私の大切な何かを邪魔する行為は、あまり望ましくない。お産、外来患者の来訪は、仕事であるからOKであるけれど、一番不愉快なのは、さも私の知り合いであるように装ってかかってくる各種の勧誘の電話である。私には、そうした投資とか、マンションなどには興味がないので、そうした電話は基本的にお断りをしているし、スタッフにもそうした電話を取り次がないようにしているし、最近はそうした電話を迷惑電話に登録もしている。それでも、その網の目をすり抜けてかかってくる、勧誘の電話で、それも忙しい時や大切な昼寝の時間にかかってくる。全くもって、許しがたいのである。

彼らにとっては、電話で引っ掛けることが仕事であろうから、あの手この手を用意しているし、ましてそれが仕事なら、と思わないでもないが、私に電話を掛けることはお控えいただきたいものである。

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写真は当院の蝋梅である。当院の中庭は、そう暖かくはないので、まだしばらくはつぼみがあるし、ここ数日冷え込みそうであるから、もうしばらくは、この匂いに浸ることができるかもしれない。

一枝待合室においてみた。



昔(私が学生だった頃、40年くらい前)は1月15日が成人式と固定されていた。いつのころからか、成人式の休みの日は、連休として移動するようになり、1月の連休となった。成人式に縁が遠くなり、単に祝日としてしか私には思えなくなった(子供も成人してしまった)。でも、関係者の方々には大変な日で、きっと14日は早朝からあちこちで着付けやら、式典とか大変な一日であったかもしれない。

ちなみに、私の場合、大学に入ってラグビー部に入った。毎年1月15日はOB戦と決まっていたから、成人式に顔だけ出して、あとはOB戦の夜のOBとのコンパに顔を出して、6年間を過ごしたような気がする。卒業後もしばらくはOB戦に出場していたが、怪我をしては割に合わないし、ましてラグビーのフィールドを1回走れば顎の上がる体力では、とても参加は不可能であり、ここしばらくずっとご無沙汰である。

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さて、昨日(1月14日)は朝から好天であった。お産も早朝と朝に1例ずつあって、昼前に一部雑用も片付いた。潮の香りをかぎたくて、ちょっと遠出をすることにした。

潮の香りをかぐ場合、高速で福岡あるいは八代・鹿児島に行くという選択肢と、熊本市を東から西に横切る選択肢がある。最短コースで行っても、東バイパスは結構混むので、昼間だと30分以上はかかる。本当なら玄界灘に行きたいところであるが、連休で道が混んで渋滞に巻き込まれるのも、と考え、やはり熊本港に行くことにした。

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東から西へ、おおよそ50分かかる。熊本港に到着。海は穏やかで、満潮に近かった。太公望もすこし。
こちらではボラが釣れていた。おおよそ50cmくらいであろうか。

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それから緑川の河口に足を延ばす。堤防の上から三角半島を望んだ写真が上段の写真である。

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こちらではせいごが1匹釣れた、と。そういえば、福岡にいたときは、子供と休日はよく釣りに行っていた(ちなみに私は食べるのは好きであるけれど、釣りは好きではないので、子供のお付き合いである)。川でも、池でも、海でも、あちこち行ったような・・・

さて、帰りがけ、どうしようかと思って、おふくろ万十によったら、相変わらず人が多く、万十の購入はあきらめ、おとなしく帰った。ちなみに、これらの工程は、例のごとく天井を開け放して、オープンで走った。顔が少し日焼けをしたかな、と。いい気分転換であった。

帰って、テレビを見て、寝ようと思っていたら、夜にお産の入院があり、11時過ぎに1名生まれた。結局成人式の日に3名生まれたこととなった。

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