カテゴリ: 開業について

私は1960年生まれなので、今年で59である。60も近い。公的企業であれば、定年もちらつく。しかし当院は医療法人ではあるが、私的企業であり、おまけに絶滅危惧種の産科医なので、仮に当院を退職してもまだどこかで働き口(需要)はあると思う。まして、ここ数年の膨大な補修費用、そして今期に予想される電子カルテ更新の費用を考慮すると、まだしばらくは当院で働き続けることであろう、と思う。

ウィメンズクリニックとして開院したのが2007年、以来12年が経過したこととなる。開院する前にさまざな構想があり、それに基づきクリニックを設立し、その後の12年の中で変わったこともあれば、変わらないこともある。

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①さっさとやってさっさと帰ろう
②特別はなしで、普段通り
③できるだけ物事は簡単に
④お産は院長が担当する

上記4つが基本方針かな、と思う。これらの基本方針は、私自身の過去の診療・日常から培われたものであり、とと同時に私がクリニックで診療するにあたっての、私自身の指針でもある。

①さっさとやって、さっさとかえる。これは過去に数回触れたことと思うけれど、づ思待ち時間が長いとか、渋滞とか、どうも私はこらえ性がないので、耐えられない。そのために、この場所を選び、車の流れの良いような配置を選んだ。診療も電子カルテ、スタッフの手分け、予約制、呼び出し、などのシステムを導入した。

②これは、当院には特別室はないし、特別食(ディナーサービス)もない。特別ということで別料金を取るなら、基本的なところで手を抜くのか、ということになりそうな気がして、なので、特別はなし。いつも通り、いつものサービスを当たり前に提供する、というスタイルとした。ただし、状況に応じたサービスは必要となるので、適宜必要な場合には変更する(悪阻の方、疲労著しい方などへの配慮)。

③できるだけ、開業当初のスタイルの維持に努めた。開業当初、物はすくなく、すっきりしていた。しかし、次第に物が増えてくる。仲にはどうしても必要な物ある。しかし、医師会や県から広報用にと送ってくる各種資料がある。これをすべて掲示すれば、壁は埋め尽くされ、どこに必要な情報があるかわからない。できるだけ必要最小限に、と思っているが、やはり最近あらゆるものが増えてきたような・・・。困ったことである。そろそろ様々意味で整理が必要かもしれない。

④当院を妊婦健診で通院される方の集大成は当院での出産である。なので、その場には院長が立ち会うことが原則である。どうしても立ち会えない場合(帝王切開とお産の同時並行、やむを得ない理由での院長の外出時の出産などの場合には、代理の医師に依頼せざるを得ない)を除き、基本的に私が立ち会うこととしている。すべてのお産がうまくいくわけではなくては、時に合併症を生じることもある。そうした場合も含めて、すべて私が窓口となり、責任をもって対応することとしている。

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ほかにもいくつかのローカルルールがあるかもしれない。またルールを定めたことで、自分を縛ってしまい、行動が制限されると感じることもある。でもルールがあることで、迷ったらルールに従うということでこの12年間を続けることもできた。

診療を続けることで、私自身もボケることなく、健康に(私自身はぼけずに健康であると信じている)生きながらえている。できればもうあと5-10年ほどは、この調子でいきたいな、と思っている。逆にいえば、この方針の堅持ができなくなったときが、私のリタイヤするときかもしれない。

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写真は八代 松濱軒にて。花しょうぶは6月が季節とのこと。

当院の医療法人の会計は3月〆となっている。なので、3月の通常の月末の会計後に、年度末の会計を行い、それから法人の年間の収支を確定し、税金を納める、という流れになる。今季(2018年4月から2019年3月まで)は大型の補修工事が続いたこと、各種経費の値上がり、医療安全機器の導入と、頭の痛い事実が続き、赤字である。

赤字ということは、すくなくとも、法人税の納付からは解放されるけれど、消費税の納入からは解放されない。そして、4月以降にずれ込んだ各種工事(分娩監視装置のサーバー変更、カルテ整理棚)、新年度から期待される無痛分娩への対応(職員教育と機器の整備)、ウィンドウズ7問題と、来期も支出は多いことが予想される。

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そしてここにきてまた頭の痛い問題が発生した。この写真の部分は、2階の吹き抜けの日当たりのより場所に置いてある日日草である。元気に年を越して、花がつきだした。

この部分は、実は横に10mくらいの長さの電動カーテンが5台並んでいる。開業当初、実はカーテンなしで開業した(経費節減のため、カーテンを削減した)。6月1日開院で、その前から自費診療を行っていたが、2階のこの部分はカーテンがないととんでもない暑さで、あわてて急きょカーテンを設置した。

つまり開業以来だから、2019-2007=12年物である。日に焼けて色が少し黄ばんでいるし、裾の部分はほつれが目立ってきたなと、と思っていた。で数日前に、カーテン開閉時に、異音が発生した。どうもカーテン最下端の重しの部分のバーが絡まったようである。その結果、重しが外れかった。で、よくみるとカーテン自体も劣化が進んでいるような気がしてきた。

ここ数日中に立川ブライドのかたに診ていただく予定であるけれど、修理できるかな、と。交換ということになるかもしれないな・・・と、。そして以前の話では、確かこのカーテンを巻き取るモーターはもう耐用年数をこえていて、修理できないと聞いたような気がするつまりこのカーテンは。モーターの費用が高額であり、それが5台ということはと、このカーテンの交換にはそれなりの費用がかかるということで・・・・。

このカーテンで開閉される部分は、クリニックの顔ともいうべき部分なので、ここをけちるわけにいかない。さて早く立川ブラインドの評価を伺いたいものである。

どう考えても次期も赤字である。その抜本的対策に乗り出さざるを得ない。クリニックの機能をより高めてシンプルにそしてそのためには当院の料金体系を見直さざるをえないという状況である。

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写真は、日日草の淡いピンク。緑がいきいきとして、その対比でピンク色がくっきりである。あと2本あるけれど、1本は濃ゆいピンク、もう1本は矮小種の日日草で、色は同じピンクである。

ウィメンズクリニック グリーンヒルは2007年6月1日が公式開院日である。2006年6月が地鎮祭である。クリニックの設計図を松山先生と検討したのは、2005年ごろから1年くらいかけたような気がする。ということは2004年ごろから開業を意識して各地を見学していたような気がする。

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ま、厳密にいえば、私の場合、3回くらい開業を計画したことがあり、開業のために各地を見学に行ったわけであるから、その最初のころはたぶん1995年前後であろう。で、いったん断念して複数の施設で働き、その後開業を変則的な形で行うこととなり、そこで2000年前後に各施設を再度見学に行った。で、そうした経験をもとに、設計士の先生と検討し、開業に至った。しかし、その後その施設を離れ、福岡に移り、5年ほど住んでいた。

各施設を見学に行くことは楽しかった。その施設を作った人のいろいろなアイデアに触れるのも楽しかったし、何より素敵な施設をみることは私なりの眼福であった。思い起こせば、本当にあちこち行った。遠くは東京、岐阜、京都、大阪、松江、北九州、鹿児島、福岡、そして熊本県内各所と。福岡に住んでいた時には、自由度も高かったせいもあるが、あちこち自転車で散策した(これは単に散策であり、見学ではないけれど)。

福岡在住当時、3回転居し、2か所の施設で勤務した。福岡市の西の方に住んでいた。当時、福岡市の医師会館で各種の講習が開催されることも多く、地下鉄で博多駅にいって、そこからてくてく歩いて医師会館に向かった。みちすがら、この建物があり、いつも気になっていた。

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で、開業を意識しこともあり、施設見学をしようと思い立ち、カメラを持参してお願いしたら、OKと。写真撮影をさせていただいた。ちなみに、写真はその当時のものなので、2005年11月8日撮影であるから、今とは少し異なる。(というか、昨日当地に行ったら、木が大きく育っていた)

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当時は、ここがフロントだった。このフロントは今はない。

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各病室にこのようなベッドがあり、福岡市内でありながら、リゾートの雰囲気の漂う不思議なホテルであった。

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自分の容姿に自信がないので、とてもこのようなシャワーやふろを使う勇気はないけれど・・・。

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圧巻は屋上にジャグジーあったことである。ジャグジー側からほてるをみるとこんな感じで。

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3月6日、電子カルテの検討のために、福岡の施設を2か所見学に行った。その間に昼ご飯をということで、久しぶりにこのホテル(ウィズザスタイル)を訪れた。フロントの雰囲気は少し変わっていた。また木が大きく成長していた。10年以上前に訪れていたし・・・。

ちなみに、ここで私の一番のお気に入りは、その奥まった空間にあった寿司屋であるった。残念ながら今はなかった。この大将はどこにいったかな、と。

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ウィメンズクリニック グリーンヒルの診療開始は2007年6月であるから、その基礎工事はさかのぼること2006年の初夏である。そして、現地を視察したのは、さらにその1年前なので、これは2005年8月の写真である。遠くにあかね荘がみえ、手前に水田が広がるか、この手前の水田はいまはすべてクリニックの駐車場となっている。

これは東側で、西側に目を転じれば、こうなる。

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長嶺小中学校、近隣の皮膚・薬局・整形外科・小児科がみえる。この当時はまだ眼科はなかった。

さて、これらの写真でわかるように、この田んぼの間の道は、狭く車の離合は不可能な状態であった。本来里道であり、それが農作業のために少しづつ広げられ、農作業用の車が通れるようになっていた。

クリニック開業に当たり、国体通りから入ってきた車が、この里道を使って裏に抜けていけるようにと、開院時に私がクリニックの東側の地主さんに交渉して、幅2m長さ30mくらいを借りて、畔を崩して道路を広げ、その部分だけ舗装した。

また開院に当たり、職員駐車場が必要となり、職員駐車場のところまで、道路を広げた。これは1枚目の写真にうつる田んぼの地主は、同じ人なので、その方の同意を得て、舗装した。この時点では里道であった。

クリニックの2010年のクリニック増築時に、あらたに北側の600坪の土地を借りて(同じ地主)、そこを駐車場とした。その際に、地主さんからの要望で、道路をきれいにしてほしい、といわれて、工事時に、こっそり道路を舗装した。

道路は広く、通りやすくなった。次第に人や車の往来も増えた。

そして昨年からセキスイハイムの宅地造成が始まった。この話は少しややこしくて、最初は別な業者が土地開発をしていたが、途中からセキスイハイムになった。最初の業者が宅地造成をする際に、この里道を広げることとなり、この道路沿いに田んぼ用の井戸水のを使った灌漑用のパイプの移設工事があった。さらに宅地造成のための条件として、道路を拡張しなくてはならないこととなり、駐車場の敷地が削られた。

その際に道路を舗装するけれど、本格的工事はあとに、ということ簡易舗装で終了した。

で宅地造成の業者が変わり、宅地開発はセキスイハイムとなった。そして販売が開始され、工事用の車両が往来するようになった。重量のあるトラックが頻回に通り、道路は簡易舗装のままであったこともあり、荒れてきた。

そして、この里道が、熊本市の市道に移管された。で、現況がこれである。

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今更私があれこれ言えることではないけれど、でも簡易舗装のため駐車場はすこし傷んできた。本来の約束なら、きれいに舗装しなおすはずであったけれど、今はその業者はいない。

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でも考えようによっては、このように道路があれているから、まだ交通量がすくないのであろう。きれいに舗装されれば、もっと交通量が増える。交通量が増えれば、事故も起きるかもしれない。だからこれで良しとしよう。

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ちなみに、開業当初、この田んぼ間の道は里道であり、農作業用の道である。長嶺小中学校との話し合いで、っ小中学校生はこの道を通らないという約束であったらしい(ハウスや農作業へのいたずら)。通学路は国体道路、ということであったらしいけれど、その時点で結構中学生は通っていた。


開業当初、様々な思惑が交差して、出来上がったのが2007年4月のことである。当時、私の母より開業に向けてと刺繍の作品を数十点ほどいただいた。開業当初、資金の節約ということもあり、遠慮なく活用させていただいた。そして、どうせなら、きれいに飾ろうと、壁にピクチャーレールなるものを設置した。

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院内各地に設置したので、このピクチャレールの設置費用は総額で結構な金額になった。上の写真でいえば、額縁の外側で、額縁をつりさげている2本の針金ということになる。これが、天井のところからレール―状の枠からつりさげられている。

これらの刺繍は、そのままガラスがなくても掲示可能であるが、埃や経年変化を考えれば、表面にガラスがあるほうが望ましい。しかし、ガラスがあるので、写真撮影の際には、私の姿や室内灯が微妙に反映されえている。そのため一部の写真が少し見苦しいのであるが、素人撮影なので勘弁ください。

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1階から3階まで、各地に掲示した。2か所だけ、友人からもらった絵画とリソグラフを掲示している。

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これはそのうちの1枚。

長く掲示しているせいか、私自身は、どの作品ももうクリニックの一部であるような気がしている。

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さて、クリニックのHP再作成にあたり、いろいろと考えて、現在文章や写真も一新することにした。クリニックのHPは、開業までと開業直後のさまざまな思いの詰まったものであるけれど、10年もたつと、その内容と、現京都の間に、少し解離が生じてきたような気がした。

そのままの文章と写真を使うことも考えたが、それでは実情にそぐわないし、10年以上前の写真をつかって、これが今もそうですよとすることは詐欺のような気もするし、それならいっそと、いうわけである。

10年前の思いはそれはそれで大切な思いであるけれど、開業して10年の重みもあり、それを加味して、HPを改定する予定で、現在作業をすすめている。ただ、そろそろ期限も近づきつつある。

またこの秋には、新たに写真撮影も計画中である。

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でも、なんでもそうであるが、出来上がった時から、その出来上がったものは古くなる。ただ、建物と違って、HP自体は色あせることはないし、メンテナンスも可能である。

一方、建物やさまざまな診療機械は、時の経過ともに、変化し、メンテナンスを怠ると使用不能となる。ということで、この秋には渋々ながら、空調機器の大幅更新をおこなわなくてはならない。とんでもない費用になりそうでああるが、空調が使えなくて、どこかの施設のようなことを引き起こすわけにはいかない。余力のあるうちに、と。



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